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第225号 ふたつのモドキ 2007年8月31日



 ↑ナラタケモドキ/8月21日/柏崎市内の公園にて。

 地震後に徐々に心身のペースを取りもどすべく昼休みの散歩を再開したのが8月の10日ころ。それから毎日、とはいかずに2.3日おきに公園にでかけていた。きのこはまったくなくて、まあ、その方が早足歩きのためにはいいか、などと思いながら歩いていた。
 そんな8月21日、公園は前日に降った大雨で地面がいちめんに湿っぽくて一歩ごとにじくじくと水がにじみ出てくる状態。膝から下に湿気がまとわりついてあまり爽快とはいえないような歩きになった。猛暑から気温がいくぶん下がってきたのが救いだった。
 芝生の広場まできたときに、なにやらきのこらしいものが見えた。おお珍しや、なんだろうと近づいてみるとナラタケモドキであった。前日の雨で、とも思ったが、いくら夏とはいえ、いちにちで急にこんなにデカクなるはずがないと思い直した。その前から出ていたものであろう。
 周囲には桜の木しかないので、その根にとりついているのだろう。ナラタケモドキは梅雨の7月と秋の入り口の9月に多いのだが、今年は7月うちは低温だったために出損なった模様だ。そうか今になって出てきたか、ナラタケモドキが出る時は、あっちもこっちも出るもんだなどと考えて、こんどは歩きの力をすこし弱めてきょろきょろとあたりを見回しながらの脇見歩行に移行した。
 しかし、なぜか、ほかにはただのひと株も見つからない。あったと一瞬思ったのはやはり桜の根元にあったアミスギタケの株だった。ナラタケモドキとしてはまれなケースになったようだ。

 8月26日の妙高。 
 前回と同様にカラッカラ――乾燥の、でなくきのこが空っぽ――の野山。目についたのは白っぽいチチタケ類が数個とたった1本のヒトヨタケだけ。そのチチタケ類が何であるのか、といった方面にはさっぱり疎くなってしまった。頭の中から細かいことはどんどん欠落していく。
 それにしてもきのこがない。これじゃあどうにもならん、ということで、さらに森の奥地まで。まだ早すぎるだろうが、ほかにアテもないし、もしかしてアレでもどうだ、ということになった。
 先を行く相棒が「あった、あった」と言っている。だが、そんなセリフをすぐに真に受けない。「ウソだろ?」といちおう用心の構えをみせる。「もうこんなデカクなってるぞ」などと言いながら両手の指で輪っかをつくった。全体のそんな表情をみるとどうやらホントらしい、と察した。
 なるほど食用としての限度ぎりぎりまで成長したスギタケモドキだった(表紙の写真で今号のみ)。ここまで大きくなると、いっけんヌメリスギタケによく似ている。
 去年、枯れて倒れたヤマハンノキで、去年はまるまっこくてトゲトゲの幼菌がびっしりと並んでいたのであった。9月の中旬だったと思う。その頃がスギタケモドキの最盛期なのである。だが、その翌週に行ってみてガックリ――。そのときの悔しさが鮮明に記憶にある。
 スギタケモドキとしてはこれまでで一番の大群生だったのに、そんな場面を写し撮る楽しみがあったのに、きれいに削りとられていたのであった。
 あまり一般には知られていないきのこだが、みそ汁にすると穏やかな旨味がすぐれたきのこだ。ためしにナマをすこしかじってみればすぐに分かる。ハエトリシメジやベニテングタケなどと共通のアミノ酸があるように思える。はたしてそんな価値を理解していて採っていったのかなと、森の彼方の見えないテキを想像してなにか複雑な気持になったものだ。
 今回は去年の半分の密度もないがなぜか早く出ている。トゲトゲ幼菌もあったがみなこげ茶色に腐っていた。やはり出方がどこかヘンのようであった。倒木の腐朽がだいぶすすんだようだから、来年あたりでオシマイになりそうな気配だ。うーむ、惜しいな・・・。

 市内の公園では、例年6月下旬ころに発生するイグチ類がさっぱり出ずに、今になってグイグイと頭を出してきた。夏きのこシーズンの幕開けを告げるサインとして受け止めているきのこである。このところ警報が出るほどの大雨も降ったし、ほどよい雨も何度かあったし、8月は暑かったしで、やっときのこの季節の到来のようだ。