![]() ↑オオツガタケ、ブナハリタケ、サクラシメジ、ハタケシメジ、スギタケモドキ/9月15日/妙高にて。 オオツガタケは今年も健在だった。去年もそうだったが全般には不作でも 「わしゃ、関係ないもんね」 と元気な顔で言っていた(ような気がした)。猛暑冷夏少雨多雨でも不作が一度もないという不思議なきのこだ。 登山道をヒーヒーハーハ―登っていると10人くらいの小学生のグループがわしらを追い越していった。その早いのなんの。まるで子鹿の群れがどどどっと走り抜けるような後姿を見送った。まだちっこくて華奢な体つきなのに、あのどこにあんなパワーがあるんだか・・・おれとの年齢差はおよそ50年か・・・孫だな、ウーム・・・などと、せっかく忘れていたトシを意識してしまった。 そういえば7月7日に火打山のふところにある 『天狗の庭』 まで登ったときにも同じようなことがあったなと思い出した。 あのときは中学生のグループだった。見るからに素直で純真でいい感じだったので、思わず話しかけてみたら地元・妙高中学ですと上気した紅顔で答えた。途中で同じように追い越されたわけだが 『天狗の庭』 で撮影しているうちに、こんどはもう戻ってきたのでびっくり。念のために訊いてみたらやはり頂上まで行ってきた帰りであった。あんまり速いので相棒となんだかわらってしまった。 まあ、そんなふうにわしらの、でなく私の、歩みは遅いのだけれども、どうもこのごろの体調が思わしくない。この日ものろのろごそごそと地面を這っているような調子で登っていた。これじゃあまるで移動する 「粗大ごみ」 だなと思った。 このところの不調はトシのせいでなく、あの地震のあと、様子を見に行った神社の石段ですべって背中を強打したせいだということにして納得している。 あの地震のひと月くらいあと、お盆のころに、いつもの散歩コースである公園からすこしはずして神社まで足をのばしてみた。 市内にある多くの神社は半壊したのもあったし鳥居だの狛犬だの灯篭だのはたいがい転倒してしまった。そんななかで、そうだあの神社はどうなったかなと思い立ったわけである。 石段を登ると銅板葺きの屋根で軽かったためか社殿はなにごとの変化もないように見えたが、やはり灯篭や狛犬は無残にもひっくり返ってころがっていた。 この神社の境内ではエノキタケの写真を撮らしてもらった時代があった。15年ほど前のことだが、境内のへりにあった斜面がわりと具合のいい藪になっていて倒木もあり、それらによく出ていたのだった。近くだから雪がくるのを待ってなんども見に行って、エノキタケの上にふわっと雪が降り積もった 「冬の情景」 をよく写したもんだ――。そんな情熱に燃えていた若いころの懐かしい思い出がのこる神社でもあった。 しかしその春に手入れがなされてきれいになってしまった。笹や潅木の藪が床屋に行ったみたいにそっくり刈られて倒木は切断されて開けた場所に積まれてしまった。そこからまた冬になってエノキタケが出てきたのではあったが、雪は降ってもやはりどこか不自然であじわいのない情景になってしまった。 そんな思い出もある神社の石段を下っていた。小雨が降っていてビニール傘をさしていた。木陰で陽があたらない石段には所々に苔が生えているので滑って危険であることは承知していた。階段の中央にステンレス製の手すりが設けられているのでそれにつかまって下りれば安全なのだが、なんどか通ったという 「慣れ」 が油断を招いた。 途中で左足がちょっと滑ってこりゃあアブナイとはっとしたのに、イキオイで次の右足を下ろしてしまったそのいっしゅん、柔道の足払いをくらったみたいに体が宙に浮いたと思ったら背中からそのまま石段のカドに思いっきりたたきつけられた。 右背中とその内部に激しい痛みと衝撃がきて頭は打たないものの強い振動が後ろ首から伝わって脳を強引にゆすったようで気がスーっと遠くなっていくのがわかった。そんななかで、こりゃあタダじゃあスマナイゾ・・・という危機的予感が意識のどこかで動いていたのを覚えている。 はんぶん遠くにあるような意識から必死で気を呼び戻そうとつとめた。 ダイジョウブダイジョウブと必死で自分に言い聞かせ続けた。後ろのアバラ骨と右肺の底が痛くて浅くしかできない呼吸をととのえた。ビニール傘がそっくり返っていたので元に戻して立ち上がった。石段の外の地面を背中をまるめて下りはじめた。ナンデモナイナンデモナイと呪文のようにとなえながらヨタヨタヨロヨロようやく車までたどりつくことができた。 右胸と右背中とそこらのアバラ骨がぎしぎしいうような感じはまだすこし残っている。右背中のはげしい打撲アザは自然に消えた。とうとう医者にも行かずにおさまった。背骨や頭でなくてよかったとつくづく思う。頭だったらそれでオシマイか植物状態で背骨だったら半身不随か寝たきりにでもなっていたところではないか。右肺の底のあたりにすこし違和感があるが今ではほとんど支障がない。 普段の支障はないのだが、山歩きでは体の芯のあたりが鉛のように重苦しくて、どこかがヘンなのであった。写す写真にもなんとはなしに力がこもらない感じがする。 ――そんな不調のなかでのらりくらりと相棒のあとを追っていく。以前にまして距離があく一方だがそれも仕方がない。 前回に 「クマの寝床」 があったという地点まできた。私は 「まだ早い」 と主張するのにひとりで登っていった相棒が見つけたものはマイタケでなくこれだった(表紙の写真で今号のみ)。 ブナ根元にほら穴があった。腐朽してぐずぐずになった木片が積もっていてまるくへこんでいる。そして樹下には太さがヒトの2倍はある黒いウンコが。その隣りには軟便がどっと。軟便をよく見るとサルナシとたぶんムシカリの実(ガマズミの実に似ている)の種らしい固形物が大量にまじっているのがわかった。先回はもっとはっきりと形がわかったと相棒が言った。 つまり 「丸飲みして丸出し」 したように思えるのだが、それで軟便なのだろうが、腹具合でも悪かったのかそれが通常なのか、食物によってかわるのか、でも 「丸出し」 では食ったことの意味がないだろうし、軟便と固便と隣りあっていてどうしてそう違っているのか、などとさまざまに疑問がわいてくるのだがそのあたりの事情はさっぱり分からなかった。 寝床にクマがいれば訊いてみたいところだった。 |