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第229号 5年目のマイタケ 2007年9月28日



 ↑マイタケ/9月22日/妙高にて。 表紙の場面(今号のみ)のアップ。
 半死半生のミズナラに4年休んでやっと5年目に2株発生した。ずいぶんと長いこと待たせてくれたなあと声をかけたらスマンスマンと応えた(ような気がした)。
 現場は急斜面なので足場が安定せずに撮影には苦心した。下方で小動物が駆け回っているスバシコイ足音がきこえた。右に左にはげしく行き来している。木の間がくれに見えたのはキツネであった。ネズミを追っているふうでもない。
 ふと、このマイタケはキツネのものか、と勘ぐったりしたがアブラゲじゃあるまいし、そんなはずはないと思いなおした。深い森のなかにひとりでいると、ときどきヘンなことを考えるようだ。今回は相棒のいない単独行であった。
 このあと先回の 「熊の寝床」 あたりまで行ったら葉っぱが茶色に枯れているブナがあちこちにあった。今年も県内の里山では 「ナラ枯れ」 が猛威をふるっていて茶色に枯れたナラが目立つのだが、それのように見えて、まさかこんな高い山にあるブナまで・・・といっしゅん驚いたがすぐに気がついた。
 クマがブナの実を食うために引き寄せて折ったためであった。ミズナラではときどき見るが、なぜかブナでははじめてだった。
 ブナの実はヒトが食ってもおいしいが、クマときたらあれを殻ごと枝ごと食うのだし、ミズナラのどんぐりなんて口が曲がるほど渋いし、栗もイガごと食うし、柿の実では渋柿でも食うし、いったいヤツの消化器はどうなってんだかと先回のウンコを思い出して不思議でしかたがない。クマがきのこを食わんでよかったなとつくづく思う。


 どうやら、ようやく山登りの体力が戻ってきたようだ。
 まるで鉛をのんだみたいに体の芯のあたりが重くて苦しかったあの辛さがウソのようになってきた。もちろん息も心臓も苦しくはあるが、それは山登りでは当たり前の苦しさというもので、相変わらず亀のようにノロノロではあるが、がんばってがんばれる状態のまだ余力のある苦しさというものである。
 目的はマイタケであった。
 先々回には相棒が別行動で登ってムダアシになり先回はいっしょで 「熊の寝床」 まで行き、その時の途中の行程なのだがやっと芽出しがきたのを確認していたマイタケであった。その時は親指の先っぽほどのまだかわいらしいツノ状であった。
 このマイタケは4年間休んでいた。
 つまり5年目にしてやっと発生をみることができた。5年前に大きくなって腐りかけていたそいつを相棒が発見したのがはじまりだった。以来毎年このミズナラにお参りを欠かさずにきた。
 そのためだけの用であれば3年もムダアシをくり返せば挫折したにちがいないが、そのルートではほかのきのこの楽しみも待っていたからお参りを欠かさずに続けることができた。
 ひとからの話しでは7年周期というケースがあるが自分たちが実際に出合ったものではこれが最長であった。大物ほど周期が長いということらしいが、こいつは4年も休んだわりには小物だった(1.5kg位と2kg位)ので肩透かしをくらったような気分になった。
 ミズナラ大木の根元を大物マイタケがぐるりと取り囲んでいる――といったすごい光景を撮るのが夢だが、またしてもそれは先延ばしになったようだ。ひとに案内してもらって 「はい、これですよ」 では感激もなにもないので、あくまで自分たちの 「自力」 で発見することが大事なのであった。しかし、そんな可能性はきわめて低くて果てしなくキビシイのが現実のようだ。
 しかし皮肉なもので、そのルートから分かれたちょっとした小道があって、その道脇に1年休みのマイタケが出るのだが、今年はそれがすごい幼菌だった。そのままほっておけば少なくても5kg、もしかしたら7.8kgにはなったのではないかという大物。根元は異様に太くて先端はチマチマとしたブロッコリー状。将来の大物発展ぶりをじっくりぞっくり秘めて待っていた。
 問題は小道脇にあること。
 たまにひとが通るのでおちおち撮影などしていられない。そのままにして次回まで育てておく――という行為は、もっとしていられない。撮らずに採るしかないのだ。う〜む、残念・・・。両手で慎重にボコッともぐ。すぐにリュックにしまう。なんでもない顔にする。
 この日は単独行になった。
 相棒は今年の村祭りで世話役の当番になってしまった。
「迷わず成仏してろよ」 引導をわたすように言った。
「熊に食われんなよ」 と言い返された。
 そんな冗談まじりに出かけた。
 途中から頸城平野の田んぼのなかの1本道を疾走する。見渡すかぎりの田んぼの稲刈りがどんどんすすんでいた。裸になった田んぼの光景はどこかわびしい。やがてくる晩秋から冬の不機嫌な空を思いやる。話し相手もいないさびしきひとり旅であった。
 そんな単独行はさびしくもあるが気楽でもある。
 山ではまったくマイペースで行動できるのがいい。撮影に何時間かけようが自由だ。相棒のペースを気にすることなくじっくりと取りくむことができる。反面、行動範囲も見つけるきのこも半分以下になる。まあ、一長一短といったことろか。
 そんなわけで、せっかくの5年目のマイタケも将来有望のマイタケにも相棒はじかに接することができなかった。私の持ち帰りの 「おみやげ」 と後日の写真での対面というなんとも気の毒な結果になった。