![]() ↑オオツガタケ/10月13日/妙高にて。 去年も冷夏で今年も冷夏。きのこたちはレーカレーカの連続でよわっていることだろう。 「今年も冷夏」 というと 「夏は暑かったじゃないか」 とよく言い返されるが問題はそれの期間ですね。前号で書いたように、暑い期間が半分しかなかった、ということを忘れているのです。気温の低い高原地帯では平野部よりモロに影響がでるわけです。 そんな冷夏も2年目となると、たぶん去年の冷夏はまだその前年の貯菌があったためになんとかなったけれども、今年は去年貯菌するヒマがなかったために、もう引き出すものがない、というわけで史上最悪の様相を呈しているのでしょう。 ――などと、きのこの気持になって考えてみた。 高原ではとにかくきのこがない。写すものがない。チシオタケだのアカチシオタケだの、ちっこくてきれいなカノジョたちの季節なのに今年はさっぱり。フィルム1本36枚撮りを使い切るのがタイヘンだ。 そんななかでマイタケは豊作だったようで、わしらも採ったけれども、方々からトッタトッタのうれしい声が聞こえてきた。高原のマイタケは冷涼であるために毎年発生というのはあまり聞かないが、レーカひとつならともかく、レーカレーカで、それでなんで当たり年なのかうまく説明できる理屈が考えられない。 それからオオツガタケ。これまでにどんな年でも、暑かろうが寒かろうが 「オレ、関係ないもんね」 と言ってコンスタントに出てくる。有難くも不思議で奇妙なヤツだ。総数ではあまり変わらないのだけれども、急に消えるシロがあったり逆にシロが急にできたりするのがあるので、これもわけがわからない。ヘンな話だけれども 「モグラたたき」 をしているような感じもある。 翌14日。 車中泊だからすこしでも明るくなってくるといやでも目がさめる。前の晩はビールをのんであとはすることもないので早寝しているせいもある。平野部では考えられないほどに朝晩の気温がぐんと冷えるのはわかっているのでそれなりの支度はしてある。それでもなお、こりゃあハンパじゃないなというリンとしたものを肌でかんじた。 外に出た相棒が 「おい、凍ってるぞ」 とフロンガラスをさわって言う。私も出てみた。おーサミー(寒いー)。爪でガラスを引っ掻いてみると氷がうすく削れた。ワイパーとガラスが氷結している。すぐに温度計を取り出して氷から剥がしたワイパーに挟んでおいた。数分後に目盛りをみるとマイナス3℃であった。うーむ、さすがに高原の威力だ。たしか予報では平野部の最低気温は12℃あたりだったがなと思った。あとで下山してきた登山者が言っているのが聞こえた。火打山の天狗の庭(2000m)では雪が降ったそうだ。 この朝は寒かったけれども紅葉はまだ初期といったところで例年より遅れているようだ。ツタウルシなどはいい色に染まっているが木々の葉は中途半端なかんじ。頭を出したばかりのベニテングタケがたまにあるが、どれもみなしおれたようにハリツヤがない。一気の寒気にやられてこじれてしまったようだ。とうとう今年もベニテングタケの写真が1枚も撮れなかった。 林内をふたりでどんなに徘徊してもいいことがない。たまーにブナハリタケの大きくなったのがある程度。ヒメシロタモギタケが少し1ヶ所とタケハリカビを生やしたチシオタケが2本あったきり。わりと若いカンバタケが2個、UFOみたいな恰好であったのが面白かった。 昼すぎに早々と山をおりた。 地元の宮下氏の協力でマイタケの試験栽培をしているふもとの集落に行った。先週に芽出してきたマイタケがいい具合に成長しているのを地元の物産販売店 「トマト」 で売るために3人で収穫した。 いわゆる 「原木マイタケ」 というもので、ナラの木にマイタケの菌を植えて培養したものを地面に埋めておく。わしらが妙高の笹ヶ峰で採取したマイタケから種菌を自家培養したこだわりの一貫生産なのだ。このマイタケ栽培では5年の試行錯誤をしてきた。 これを 《天然栽培 『妙高マイタケ』 》 というブランドで世に出したい。天然物とほとんど変わらない風味のマイタケが確実に収穫できるからやりがいがある。 妙高地域にはこれまでにこれといった 「特産品」 のようなものがなかった。数年前にやっと物産販売店 「トマト」 ができて、野菜だの笹寿司だのが飛ぶように売れて大繁盛している。もっと以前から山菜だのきのこだのも産物としてあっていいはずだったと思うのだが、温泉とスキーで充分に忙しかったためか、そういった特産品方面にはあまり関心が向かなかったようだ。 この数年でやっといろんな特産品が作り出されてきたが、わしらにはマイタケもそのひとつにしたいという “情熱”があった。 この日に収穫したマイタケは 「トマト」 の店頭で完売した。地元の旅館などからも直接に注文がはいった。新潟日報の記事に載った成果が如実だ。原木菌床の予約注文も入った。すべり出しとしては上々の出来であるようだ。
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