![]() ↑ナラタケ/10月21日/妙高にて。 妙高地域ではヤブタケの名で人気が高い。今年はさっぱりでまれ。 10月20日(土)。 昼ちかくまでふもとにある宮下氏のマイタケ畑で収穫(下の写真)の手伝いをした。先週から2度目の収穫でこれで全部とりあげた。午後から 『 トマト 』 で販売される。めでたく日曜の夕方には完売できた。 昼ごろに笹ヶ峰まで車を走らせた。紅葉が満開かと思いきや意外にも7.8分咲きといったおもむきで、これから目をうばわれるような満開を迎えるのかどうか、もしかするとこんな状態をピークにしてそれで散ってしまうのではなどと、あまりに遅まきなので心配になった。 先回同様、あまりきのこが見当たらない。それでもベニテングタケがまた少し出てきて先回よりはハリツヤがあったしチシオタケもたまに見つかった。それでも、これといったいい被写体になるようなものには当たらなかった。 3時ころになると急速に冷えてきた。まだまだ明るいのに。9月うちは陽が落ちてから冷えるのだがそれが徐々に早まってくる。 ミズナラの大木のてっぺんでカラスが1羽とまってクワクワ鳴いている。体を前後にゆすりながらどこか遠くになにかを告げているようだ。5分ほどで飛び去るとすぐに、どこにいたのかまたべつのカラスが来てとまった。さっきと同じ動作をくりかえしている。また次のと入れかわった。どうやらいちにちのなりわいの終りの儀式、といったかんじだ。 カラスにはカラスの事情や感情があるのだろうななどと思って眺めているうちに陽がおちたてきた。さらに冷え込んできた。枯野のなかにいるようで平野部なら初冬といった雰囲気だ。 火打山登山道入り口にある駐車場はがらがらのがら空きだ。200台ちかいスペースに車がたったの4台、どこか元気なくなんともわびしく停まっている。 わしらが「妙高行きの定期便」 と化してから12年くらいかな。県内の松代だの松之山だの津南だの長野県の奥志賀だの戸隠だのと方面を週ごとに季節ごとにかえての 「さすらいのきのことり」 だった。それで妙高はたまにだったのが、ときどきになりそしてとうとう毎回になり定期便になったわけだ。 定期便化してからの5.6年、9月と10月の駐車場はアキを探すのが困難だったのだ。10月10日ころがピークで車は駐車場からあふれ出て路肩に車の行列ができたほどだ。乗用車のナンバーをみると関東から西が多くてなぜか東北は少なく、団体の大型バスも何台か停まっていたものだ。そこらからぞろぞろと登山姿がおりてきてアリンコの行列みたいにつながって登山道めざして行列ができた――。 それがどうだ。この5.6年で急激に人も車も減ってきた。 夜、車のなかで寝ていると次々と入ってくる車のライトが迷惑だったのに、今ではそれがないのがなんだか寂しくもあり懐かしくもある。おそらく会社がひけてからすぐに、遠乗りしてやってきたのだろう。夜中にもかかわらず、車からおりた数人で宴会をはじめるグループもあったりして腹立たしいこともあった。それさえも今はなつかしいではないか。 登山ブームの衰退であろう。おそらく今の65歳から75歳あたりを中心にした山好き登山好きのひとびとの高齢化。 私が中学のころによくニュースになった冬山遭難――、二十歳前後の若者の多くが山にあこがれていたのだ。大学に行った息子が山岳部に入るというのでそれを引きとめようとする親との深刻な対立が話題にもなったりした。山男・山女がカッコよく 、なぜ山に登るのかそれは 「そこに山があるから」 という名句があったのを思い出す。 歌声運動、歌声喫茶、学生運動、と同時代でありそれらに若者の夢と希望とロマンがあった時代。 歌声喫茶ではロシア民謡や山の歌で盛り上がっていた。雪山賛歌、山男の歌、青い山脈、山のけむり、青春は山の彼方に、高原の駅よさようなら、山小舎の灯、山のロザリア、あと題名は思い出せないが 「いつかある日山で死んだら〜」 なんてのもあったな・・・・・・。 それが近年では山の題名だの歌詞だのの歌などないではないか。今は昔の物語である。 夜中にふと目が醒めると車の窓ガラスごしに星がたくさん光っていた。酔いざましにペットボトルの水をのんだ。先回はのむのがつらいほどに冷たかったが今はそれほどでない。先回ほどの冷えこみはなさそうだなと思った。時計は1時を指していたがなんだか目が冴えてきたので外にでてみた。満天のあふれるような星の光がするどくあかるい。しばらくぶらぶら歩いてまた車にもどった。 早朝に目覚めると雲の多い青空だった。 先回のような凍結にはならなかったが紅葉した樹海に下から視線をはわせていくと妙高山の外輪山が雪化粧をしていた。そういえば昨日マイタケの収穫をしていたときに宮下氏が 「今日、妙高山の初雪だった」 と言っていたのだ。昨日の昼間は雲が多くて頂上部が見えなかったが。 そそくさと朝食をすませると車で移動して活動開始だ。 ムキタケが手付かずであった。晩秋のきのこは冷夏でもあまり影響をうけていないように見えた。一方、オクテのブナハリタケは大豊作だった去年とは比ぶべきもない、みじめで貧困な様相であった。2週間前に幼菌が出始めていたのだが順調に育っていない。大小まばらで荒野原のようにどこか元気がない。 「今年はこんなもんですよ」 とさびしく言っていた(ような気がした)。クリタケやチャナメツムタケもかなりの不作のようだった。 ハテ、今日は思うようないい場面には恵まれないかな、そしたらこれまでのストックをひっぱり出してそれでお茶をにごすしかあるまいなどと考えていたら、ナラタケに出会った(上の写真)。オクテのナラタケだが今年はじめて見たまともなナラタケだった。それほどにナラタケが凶作だったことになる。 木はブナの太い枯木でツルなどが絡んで風情があった。ふむふむ、情況としてはまあいいぞ、と右から左から下から眺めまわしていたら 「アンタ、よく来たね」 などと声をかけられた(ような気がした)。今年はめったに出没しないので、ヒトが来て見つかるとは思っていなかったような顔をしていた(ような気がした)。
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