![]() ↑雨にけぶるブナハリタケとムキタケ/10月27日/妙高にて。 10月27日(土)。予報通りに早朝から雨。 まだ暗いなかを南下して妙高をめざす。しだいに雨脚はよわくなる。だいたいいつものパターンで柏崎では雨でも妙高では降っていないことがよくある。しかし、この日はちがった。終日の雨に見舞われた。あとで知ったが柏崎では大雨洪水警報が出たという。妙高でのわしらはそんな激しさもつゆ知らず、ひたすら静かに降る雨のなかにいたことになる。 高原の紅葉が散りはじめていた。紅葉満開は週のなかばにきたようだった。唐松が黄色くなりはじめていた。今年は赤や黄色の色彩がすこしくすんでいるように思えた。ブナの葉っぱが美しい黄色でなく枯葉のような茶色なのが気になった。 沢筋の入り口に着いて車をおりた。 相棒は沢をそのまま遡行するコースをとったが私は沢の斜面の上をめざした。そこはすこし平らにひろがるブナ林がある。 私が石だらけの沢を避けた理由は @石づたいに歩くのがストレートに脚にこたえて疲れる。 ふたりともいつもスパイク付きの長靴で活動しているが、それはどんな地面や地形や場所にも対応でき るからだが、コンクリートや石の上だけは避けたい。スパイクが当ってガチガチいう固い感触が不快だし 関節にモロに響くので脚がヘンに疲れる。 Aもしも転倒したときにカメラが水に浸かってダメになる。 浅瀬を渡ったりするわけだが、けっこう深い場所もあり石づたいに飛んだりすることが多い。その時に転 んだりするとカメラやレンズを壊したり水びたしでオシャカにする恐れがある。 B風景が単調でおもしろくない。 流木などを目当てにして徘徊するわけだがどちらかというとアッケラカンとした単純なフィールドで林内の ような原始的神秘感がない。 まあ、相棒のほうはどんな環境や情況であろうともそれに対応できる体力があってうまい身のこなしができるから、きのこがあるかもと思えばスバヤク野獣のように突進していくが、私の方はヨタヨタ人間なもんでついて行くことができずに、それぞれ別行動になるという場合があるのだ。 こうして私は林内コースをめざした。 よわい雨脚だがいっこうに止む気配がないのでカメラ類は最低限の装備にするしかない。雨合羽を着て登りはじめた。マイペースでムリしないし軽装でもあるしでそう辛くもない。潅木につかまって50メートルほども登ると平らになった。やっぱり 「平ら」 というものはほっとする。やれやれ。 平らのへりづたいに斜面を見下ろすような恰好でミズナラの大木巨木が点々とある。まずそのミズナラ巡りをしてみた。オクテのマイタケでもないものかと期待したからだ。数年前には別の山筋だが11月3日だったかにそんなマイタケを見つけたことがあったのだ。しかし今回はダメ。オクテはそう簡単に出会えるものではないようだ。 へりから内部方面に分け入った。こんどはブナの立ち枯木や倒木巡りだ。ブナシメジとナメコがちょっと出始めたのがあった。ムキタケとタヌキノチャブクロがあちこちにある。 藪の向こうに幹の途中から折れて欠損したブナ枯木が見えたのでかき分けて行ってみた。おお、なんと、活きがよくて白く輝くようなブナハリタケと丁度いい大きさに育ったムキタケがうまい具合に隣りどうしで棲んでいるではないか(上の写真)。願ってもない美しい光景だ。ヤッタヤッタ。 ムキタケといえばマニア駆け出しのころを思い出す。今から30年ほども昔のことで里山から奥山に興味が向きはじめたころだ。 登山では登ったことがある地元の山だがきのこ採りのためとしてははじめて登ったブナ山で、そこでムキタケを見つけて持ち帰った。ムキタケと書いたけれども当時は見たことのない未知のきのこだった。家に持ち帰って図鑑をひろげると最終的にムキタケかツキヨタケであろうと判断した。しかしツキヨタケという名前は知ってはいたがまだ実際には見たことがなかったのだ。今のように判りやすい写真図鑑もまだなかった時代であった。 両者の解説には根元の黒いシミの有無だの表皮がむけるだの微毛だのと書いてあったが、なにせ経験が浅いものだからその違いをはっきりと識別して確信することができない。どうもムキタケのようだがもしツキヨタケの方だったら・・・とか、これ以外の第三の毒きのこかも・・・といった不安があって、結局食うことができなかった。 そのときのムキタケは大きくて(20センチ位)肉厚で(5センチ位)新鮮なものが10枚くらい階段状にくっついていたのだが、それからの数年間はそんなのが普通サイズなのだとずっと思いこんでいた。 その後に次第にあれは例外だったのだとわかってくるのだが、いまだにあのときを越えるような大物には出会ったことがない。 これとよく似たケースではハタケシメジがある。 何百という数のきのこが50センチほどの輪のなかに 「押しくらまんじゅう」 みたいに ひしめき合っていたのだ。それが建物の軒下付近の草地に2株あった。 これは図鑑を何度見てもまったくわからなかった。あとあと思ったが、標準的な株立ちであれば図鑑で見当くらいはついたのかもしれなかったが、あまりに例外的な巨大株だったために、初心者レベルでは判別はムリであっただろう。 結局はゴミ箱行きになってしまったが、これもそれ以来、これを越すような大株には未だにお目にかかっていない。 今では山のこと、きのこのこと、なんでも知ってるような顔して書いているが、そんな時代もあったのだ。 「ブナ」 などとも書いたがあの時点では名前すら知らなかったのだ。あのころから徐々に、きのことともに、きのこを知るには樹木もわからないとだめなんだということがわかってきて、それでしぜんに興味がでてきて覚えてきたのであった。 なんだか中島みゆきの 『 時代 』 みたいになったが、誰でも似たようなそんな時代があったはずだ。 だいたい2時間後という示し合わせで車にもどった。 意外に気温が低くなく雨合羽の下ですこし濡れた衣服でもそれほどの寒さではなかった。エンジンを起動してヒーターをいれるほどでもない。フロントガラスを伝いおちる雨水が風景をゆがめて見せている。そんなあいまいな紅葉の山肌をぼんやりと眺めてながら (もうじきこの高原ともおさらばだな) などと感傷的な気持にひたったりした。もっと標高のひくい雑木林でナメコ・ヒラタケに移行していく季節がやってくるのだ。 そんなして相棒を待ったがなかなか戻ってこない。そのうち腹がへってきたのでパンをかじった。 1時間ほど遅れて相棒がもどってきた。目当ての沢筋にはあまりなかったのでそれで戻るものなんだからと斜面をのぼってみたという。そしたら 「どうもヒトが来たらしい」 などと言い出した。 「はっきりした形跡があったぞ。この雨んなか、あんな場所までヒトが入ってるわい」 と自分のことはタナに上げてあきれたように言った。 そのときの情況をきいてみるとどうやら間違いなく私が上記の写真を撮った樹下だ。 「そりゃあ、オレだよ」 。「なんだ、お前かァ」 。それにしてもあの見通しのあまりきかない広い藪のなかでよく同じ樹下にたどりついたものだ。 「やっぱし、同じ穴のムジナだな」 といってふたりでわらった。 |