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第242号 ブクブクな話し 2008年6月20日



 ↑標高1600mあたりの斜面/6月14日/妙高。
 草花ではカタクリ、シラネアオイ、トガクシショウマ、エンレイソウ、サンカヨウなどが、野草ではコバイケイソウ、オオバギボウシ、ウド、ヨブスマソウ、ギョウジャニンニク、ユキザサなどが入り乱れている。
 この斜面でカメラを取り出すときに、うっかり手からすべり落とした。「うひゃー!」 となって見ている目の前でカメラは斜面をころがり雪渓をころがり30メートルほど下でやっと止まった。「あーあ」 と降りていって雪まみれになったカメラを拾い上げるとどこにも異常はないようだった。オシャカになるのも覚悟していたのでうれしかった。途中に石などがなくてよかった。
 ふたたび登り、こんどは慎重にカメラを構えたがどうにも主題がはっきりしない。まあ、いいかと1枚。小さなお花畑があちこちにあるのだが、被写体としてみるとなかなかいい場面というのはないもんだといつも思う。

 今年の6月はさわやかで気持のいい晴れの日が多い。いつもなら梅雨にはいる時季だからもっと蒸し暑いはずなのに。空気はどこまでも澄んでいてちょっと秋のような気配すら感じられる6月。夕暮れから日没までが明るく長くて、一日の終りにのどかでゆったりとした気分になれる。まっ平らに凪いだ夕暮れの海と夕日が最高に美しい。一年のうちで一番に気持がやわらぐ季節のような気がする。山彦のわしらだが海彦の気持がわかるような気もする季節でもある。
 6月14.15.16日は 『えんま市』 であった。
 といっても、市外県外のひとには無縁のわけだが、『えんま堂』 のえんま様を拝観して500近い露店をめぐり歩く柏崎市の古くからあるお祭りである。例年なら雨がつきものだが今年は空梅雨の好天つづきという大当たりになった。
 そして、去年7月の震災から間もなく一年だが、あの季節が近づいてくると、あの時の複雑な気持や情景が少しづつよみがえってくる。普段、当たり前になっている電気・ガス・水道など、それらがないとどれだけ不自由するか、家にいても 「くつろぎ」 というものの失われよう、それらからくるなんとなく重く疲れた日常、というものを身をもって体験したのであった。
 そこへ岩手宮城内陸部地震である。夕方に山から帰ってきてはじめて知った。被災者の様子が去年の体験とたぶってくるが、驚くのは山が大規模に崩れたすさまじさだ。映像をみて思わず 「おお!」 と唸ってしまった。いつも山ばかり行っているものだから、その時にあの山が・・・と自分のことのように置き換えて見てしまったのだ。
 この時季の山では雪渓を滑落したり踏み抜いたりの危険を想定しているが、そうかそんなテもあったのかと思わせられた。
 もしそのような災害に遭遇すれば数十メートルの深さでいっきに土砂に埋まる可能性があると思った。捜索や救助は不可能。酸素がほとんどないだろうから、うまくするとミイラか化石になれるのではなどと想像した。数千年か数万年後にでも発見されれば貴重な資料になれる可能性がある・・・。そしたら光栄というかあまりうれしくないというか・・・。
 
 6月14日(土)。晴れ
 善良な市民ならえんま様にお賽銭をなげて手を合わせたり露店をひやかしたりという日なのであるがバチアタリな週末をおくっている不良おやじもいる(わしらのことです)。
 はじめは重苦しい雲に覆われていた妙高の空がやがて蒼く蒼く高い高い空に、劇的にかわっていった。なんという歓迎ぶりだ―。
 予定通りにサワガニ男と合流していつものように登りはじめる。
 木々の緑は急速に色濃くなっていて山肌にまだらに残る雪渓の白さとの対比が強烈になった。ペットボトルに補給するのに渓流の水に手をひたしても、もう 「冷た痛い」 という感じではなく 「気持いい」 という水温にかわっている。
 そんないちめんの山の光景が限りなくクリアな大気のなかでピカピカに光っている。
 途中からサワガニ男は渓流を下るコースを、わしらは上るコースにと別れた。サワガニ男の本日の目的はイワナにあった。 「ほんじゃ、あとで・・・」 と大石ごろんごろん流れぎゅるぎゅるの渓流をぴょこぴょこと下っていった。
 わしらはいつものように谷間をさかのぼる。じきに雪渓がはじまる。先々回に行った谷のいわば隣りの谷になる。その谷と同じように雪崩でたまった雪がとてつもなく分厚く堆積した様子がうかがえる。谷底の深さは想像するしかないが、あたりの広さと斜面から推定すると少なくても20メートルはあるのではないかと見積もった。上面と谷底の両面から融けていくわけだが、おそらく次の雪がくるまで半分は残るであろう。
 野菜や酒の雪中保存があるが、こんなところでなら何年でも保存可能だななどとわらった。
 サルカモシカ男はもっと上をめざしていく。わしはそこらをうろうろする。枝別れした小さな谷をすこし登った。するどい陽光の下でカタクリの花が咲き乱れている。惜しいことにことごとく潅木や笹の藪のなかで思い描くような絵にならない情景ばかりだ。
 前回よりもやや体力が持ちそうに感じたのでさらに登っていく。かぎりなく透明な好天だがけっこう風がつよい。雪渓の傾斜がきつくなる。滑落の恐怖に耐えられるぎりぎりの角度になった。見上げると緑の稜線が間近に見えた。向こう側には山のどんな光景が広がるのか。登ってみたかったがそのへんが体力の限界になった。
 慎重に下りはじめる。細い雪渓が滑り台のようにはるか下までのびている。前方はるかに緑と白の山々がうねうねと続いている。かわいた風に流れる空気の粒々が見えるような気がした。
 しばらくして相棒と合流した。クマの足跡やら踏み後やらがあったという。2年まえの11月にクマとニアミスしたことを書いた(第212号)が、それが唯一の目撃で、足跡だの糞だのはよく見るがなかなか本体を直接みることができない。あのときは立ち木ごしであっという間に目の前を通りすぎていったのだ。こんな雪渓の見通しのいい場所でじっくりと観察してみたい。
 サルには秋に何度か対面している。顔と尻の赤みの濃さといい毛並みの色艶といい、本当に輝くように美しい。冬をまえに食いだめして充分を栄養をたくわえたような余裕と気品すら発散していた。動物園にいるのはどこか薄汚くてセコイ。逆のような気がするのだが野生の実際はそうであった。
 
 山をおりるとサワガニ男が小川でイワナを捌いていた。ハラワタを出しておくと痛まないのだそうだ。案外に小型で釣果も上がらなかったというそのあとのコトバに驚いた。
 「いや―、バランス崩してね―、どんぶらこと落っこちゃってね―、口から出たアワブクが目の前をぼこぼこと上がっていくのを見てしまったよ―。ハハハハハ―」
 それからは衣服を絞って着なおして身体が冷えないように必死に歩き続けた。車にもどってから周囲をきょろきょろと気にしながらスッポンポンになったんですと。そーして着替えたんですと。いやはや、渓流釣りならそんなこともけしてめずらしくもないのであろう。
 話しにたまげてその時には頭が回らなかったが、水にもぐるしアワブクは出すしで、やっぱしサワガニ男であるのだなあと後で気がついた。そんないわくつきのイワナをおみやげにもらって帰ったがこの塩焼きがウマイノナンノ。
 後日、電話がきた。
 「ウドナ(ヨブスマソウ)だけどねブクブク。やっぱしねブクブク、太いヤツの剥いた皮のきんぴら炒めがうまいのなんのブクブク。なになに? 肉と炒めて食ったと? ブクブク。そんな、もったいないブクブク。きんぴら!きんぴらだよ!ぶくぶく――」