![]() ↑前回と同じ6月14日のヒトコマ。 雪渓の壁の下から枝分かれした谷を登ると今度は泥雪になった。雪崩のあとで土石流がおきたらしい。3センチ位の泥がつもっていて長靴にくっつくわすべるわで残雪だけよりも歩くのに骨が折れる。 いつも思うのだけれど、写真では実際の角度よりも低い傾斜に見える。写真は平面の二次元だから宿命なのであろう。実際は傾斜も奥行きもこの写真から受ける印象よりはもっときつくてずっと長い。 それと、粒々まで磨きぬかれたような山の清涼な空気感。木々が謳歌するオーラのような生命感。現場にいて全身で受け止めたそんな雰囲気が感じられない。これはまあ、単純に写真表現がヘタなのである。 6月22日(日)。 妙高には行ったが山登りはしなかった。じつにのどかで平和な一日であった。従ってとくに写真もこれといってなく、前回と同日の写真をのせた。 「今日は有意義な一日だったなー」 「なにが? なにが有意義だ?」 「栽培が少しでも進むだろうが」 「ああ・・・」 山に行きたい相棒にとっては不本意ないちにちであったはずだ。雪渓だの谷川だの藪だの山菜だのきのこだのがちらついて頭から離れない。ほっておけばいつまでもそれらを追っかけていくサルカモシカ男だ。 それはまったく面白いことで、「将来設計」 を考えるのでなければ、ただもう単純に山遊びをしていたいのはわしも同じだ。体力が衰えたとはいえども。 しかしマイタケとギョウジャニンニクの栽培という共有の 「将来設計」 があるはずだ。それを妙高の地で実現するために地元のひとと交渉したり少しでも実行したりしなければ事は前に進んでいかない。トシはとってきたしでそのピッチをもっと上げていかないと単なる 「夢物語」 に終わってしまうではないか。どうだ。 ――というようなことは、常々わしがサルカモシカに言い聞かせているのだが。 本日は強引にそんな方面に引っぱっていった日であった。 『天然栽培マイタケ』 は仕込み培養の技術方面は実用的にはほぼ完成。畑での栽培方面は緒についたばかりでこれからどう拡大していくかが課題。ギョウジャニンニクはまだ種まき用の畑を借りたばかり。 金なし土地なし山なし畑なしのナイナイづくしで、情熱と意欲と知識と野望と無謀とでやろうというのだから前途多難支離滅裂は目に見えている。果たして、どうなることやら・・・ 次回は休みかな・・・。 |