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第250号 庭のトリュフ 2008年9月26日



 ↑トリュフ (たぶんイボセイヨウショウロ) /9月21日/妙高にて。 ほぼ実物大。

 「これ、トリュフですかね?」 妙高のあるひとから訊かれた。
 内心、なにか別のきのこと混同しているのだろうとタカをくくって覗き込んだ。大事そうに包まれたティッシュの包みがおもむろにほどかれる。
 「おお、トリュフだ!」 写真でよく見る特徴と同じであった。実物とははじめてのご対面となった。やや乾き気味であった。近所のひとから預かってから一週間ほど保存しておいたものだそうだ。
 割ってみると断面は霜降り状に模様があり独特の匂いというか香りというかがある。遠い子供の頃に嗅いだことがあるようなかすかな記憶につながるのだが、それがなんの匂いだったのかどうしても思い出せない。匂いは芳香でもなく異臭悪臭でもなく、ちょっと表現のしようがない。相棒は 「履いた靴下の匂いだ」 と冗談半分にいうが、少なくとも私にとっては悪臭とはいえない匂いだ。
 発生したのは人家の庭だという。その場所を教えてもらって帰りに寄ってみたが留守だった。翌週に再度訪ねてみるとこんどは会うことができた。ごく普通の民家である。しずかに小雨降る日であった。
 その家の奥さんに案内してもらうと裏庭に小さな畑とその隣りにやはり狭いスーペスの寄植えになった木立がある。その木立の下の一角と畑の隅のあちこちに湿った地面から20個くらい露出していた。8月末ころから出てきてが去年まではこんなものはなかったそうだ。
 はて、なんの木かなと木立を見上げる。ブナ、トチ、ナナカマド、カエデ、ヒノキ、イチイなどがある。どれも妙高地域でよくある木だ。その中に地上1.5mほどで切られた細いナラガシワがある。切られても萌芽して枝葉ができているが、その木にこの数だけトリュフに宿を貸すだけの力があるとは思えない。関東方面ではコナラに発生するらしいが、そのコナラもミズナラもない。宿主はブナだろうかと考えていると、
 「おお、これだこれだ」 と相棒が指差す。
 右後ろに高さ7.8メートルくらいのナラガシワがあった。現場に立つときにその樹下を通ってきたのだが気がつかなかった。葉はミズナラより大きくカシワより小さい。その根が充分に届く範囲内にトリュフはある。
 が、ナラガシワは柏崎のような沿岸部にある木で妙高では自生しないはずだ (柏崎では海岸近くにカシワの木が多くあり、それが地名の由来であるらしい。ナラガシワが少しある)。訊いてみるとその家のおじいさんが20年位昔に苗木をもらってきて植えたのでそうであった。それで納得。
 許可を得て2.3個をとって割ってみた。先週の一週間置いた乾燥ぎみのものよりは匂いがずっとかすかで薄い。すこしスライスして食べてみると油気の少ないクルミのような食感と味がした。もっと熟成がすすめば匂いが強くなるのであろう。
 
 柏崎に帰宅してからトリュフに関する本をひっぱり出してみた。翻訳物で、欧州ではカシの木の根に出るように書いてある。また欧州の物語ではよくカシの木が登場するような気がする。
 それで思い出した。5年ほど前に読んだエッセーだかでオーク (oak) をカシと訳しているケースが多いがカシワまたはナラと訳すのが正しいと書いてあったのだ。
 それでまた考えがひろがった。
 樹木図鑑ではカシ類は新潟県・福島県あたりが北限になっている。ナラ類やカシワ類はほぼ北海道まで分布している。
 そこで、トリュフの本場である欧州の緯度は日本と比較してどうであるかを世界地図で確かめる。
 ・ロンドン、ベルリン→樺太北部あたり
 ・パリ        →樺太中部あたり
 ・イタリア北部   →宗谷岬あたり
 ・ローマ       →襟裳岬あたり
 ・シチリア島南端、アフリカ北端→東京あたり
 となっている。意外にはるかに北にあることがわかる。このことは以前から意識していたが、今回はしっかりと定規を当てて仔細にチェックしてみた。
 気温は緯度だけでなくまわりの海が寒流か暖流かも影響するのだろうが、それにしてもこれだけ北にあれば普段なんとなく抱いているイメージよりもずっと寒冷な地域であることは確かであろう。
 つまりトリュフの本場であるイタリアやフランスで、常緑広葉樹であるカシが自生しているとは思えないのであった。その点でも、トリュフがカシの木にというのは間違いで、ナラあるいはカシワというのが正解なのではあるまいか、と考えるに至った次第。