第49話「冥界の貴公子」


『ベルゼブブ様。』

ここは山奥にある小さな古城。城といっても、よく想像されるようなものではない。単に建物として大きいだけである。

『なんだい?・・・彼女は、連れてこれたのか?』

自らの配下に声をかけられたのは、冥界の貴公子ベルゼブブ。六皇子の1柱である。

『お望みの少女、連れてまいりました。武装解除して、現在は眠らせてありますが・・・。』
『僕の部屋へ。・・・ようやく、この目で君が見れるよ・・・。』

ベルゼブブが言う。・・・その目は、穢れきっているようにも見える。

『・・・麻耶。』

ベルゼブブは、顔に歪んだ笑みを浮かべて自室へと向かった。




















「う・・・ここは・・・?」

見知らぬベッドの上で、目を醒ました麻耶。

「・・・私、一体・・・。」
『目が醒めたのかい?愛しい麻耶。』

撫で回すような声に、はっと振り向く。ベルゼブブが、そこに立っていた。

「め、冥界の貴公子ベルゼブブ!?」
『そうだよ。僕はベルゼブブ。始めまして。』

大仰にお辞儀をするベルゼブブ。その態度は紳士的だが、麻耶は警戒した目でベルゼブブを睨む。

『まずはお茶でも飲むかい?紅茶でいいかな?』
「・・・私を連れて来て、いったいどうするつもりですか?」

麻耶が、単刀直入に疑問を投げかける。

『・・・どうするつもりもないよ。ただ、ずっと僕と一緒にいてもらう。』
「一緒に・・・?」

ベルゼブブの言葉の真意を量りかねる麻耶。

『僕は君を一目見たときから、愛しいと思ったよ。ずっと僕といてほしいと思った。』

ベルゼブブの目が、少し狂気を含む。

『僕と一緒にいてほしい、僕のものに、僕だけのものになってほしい・・・。』
「・・・っ・・・。」

相手が人間の異性であれば、これはプロポーズであろう。だが、ベルゼブブの表情は次第に歪んでいく。

『僕のものになってくれ。さぁ、麻耶・・・。』

すぅっと手を伸ばしてくるベルゼブブ。だが、麻耶は身を引いてその手を避けた。

「わ・・・私は、あなたの物になるつもりはありません。なりたくもありません!」
『怖がることはないんだよ、麻耶・・・。』

ベルゼブブの声の調子が、少し変わる。すると、麻耶の意識が少し虚ろになった。

「あ・・・。」
『麻耶・・・君も僕を愛しているんだろう?おいで・・・。』
「ち、違う・・・!」

必死に頭を振って、ブラック・ライトニングを手に取ろうとする。だが、そのためのカードがない。

「デ、デックが・・・!?」
『君にそんなものは似合わないよ。君は召喚術師じゃなくて、僕の傍にいるべき存在だよ。』

ベルゼブブの声に、麻耶は抗い難くなってきていた。

「い、嫌・・・!」
『ほら、僕を受け入れるんだ・・・!』

ベルゼブブの声が強くなった直後。窓が割れる音と同時に何かが飛び込んできた。

『ベルゼブブ、覚悟!』

その飛び込んできた・・・女性は、剣をベルゼブブに向かって振り下ろした。

『何だ!?』
「えっ!?」

咄嗟にベルゼブブは、自らの能力『霊魂の武装』で剣を作り出し、その一撃を受ける。

『ワルキュリア・・・?』
『冥界の貴公子ベルゼブブ。我が剣によって滅びるがいい!』

一足飛びで懐まで踏み込み、再度一太刀を浴びせようとするワルキュリア。

『ずいぶんと乱暴だね・・・。僕はそう言うのは嫌いだよ。』

その一撃を受け流したベルゼブブは、その顔を不機嫌に引き攣らせる。

「セ・・・セネスさん!?」

この一部始終を見ていた麻耶が、思わず声を上げる。そう、ワルキュリアとは、セネスと名乗る戦争の女神モリガンだった。

『・・・お前、リュカと一緒にいた召喚術師の一人だな。』
「は、はい・・・。」

セネスが、麻耶に小声で話し掛ける。

『・・・行け。』
「行けって・・・?」
『ここに留まって巻き添えを食らいたいのか?そもそも、邪魔だ。』

口調はぶっきらぼうだが、暗に逃げろと言っていることを、麻耶は悟った。

「セネスさん・・・ありがとうございます!」

叫び、だっと駆け出す麻耶。だがそれに、ベルゼブブが気付く。

『逃がさないよ。『ホールド』!』

ベルゼブブの放った風の縄が、麻耶を捕らえんと宙を飛ぶ。だが、セネスが対抗した。

『エア・ディスラプト!』

セネスのスペルは、風の縄を同じ風の力で破壊した。その間に、麻耶は部屋を抜け出す。

『お前の相手は、この私だ。』
『・・・不愉快だ・・・思い知らせてあげるよ。』




















「・・・デックは・・・!?」

ベルゼブブの部屋から脱出した麻耶は、自らのデックを求めて城内を走り回っていた。

『・・・召喚術師!逃げ出したのか!?』
「使徒・・・!」

角を曲がった所で、使徒とはちあわせしてしまった。

『もう一度眠らせてやろ・・・!』

と言いそうになった所で、その使徒は真っ二つに切り裂かれた。

「えっ・・・?」
「麻耶・・・!無事か!?」

使徒の後ろから現れたのは、豹頭の剣士オセ。即ち、デクス。

「デクスさん・・・!」
「済まない、もっと早く助けに出るべきだったのだが・・・。」
「そんなことはいいんです・・・それよりも、ここから出ましょう!」

そういう所で、城の奥から慌ただしい声が聞こえてきた。

『例の召喚術師が逃げたぞ!ベルゼブブ様は!?』
『ベルゼブブ様は、乱入してきたワルキュリアと交戦している!』
『召喚術師のカードから、召喚もされてないのにモンスターが現れもした!デックを持ってこちらも逃亡したぞ!』

様々な情報が聞こえてくる。声も少しづつ大きくなる。

「ワルキュリア・・・リュカか?」
「いえ・・・セネスさんです。彼女が私を逃がしてくれて、自分はベルゼブブと戦っています・・・。」

そこまで話した所で、使徒が一匹部屋へと入り込んできた。

『いたぞ!召喚術師とモンスター、一緒だ!』
「チィッ!」

デクスがその使徒を一閃する。だが既に、他の使徒の羽音が迫ってきていた。

「・・・麻耶、逃げろ。」
「逃げるって・・・!」
「デックを渡す。ここは我が食い止める。」
「駄目です!だったら私も・・・!」

自らも残ろうとする麻耶だが、デクスはそれを否定する。

「駄目だ。お前は行け。」
「何でですか!」
「さっきのギルマンとの戦いで、矢が大分少なくなっているだろう。ここでお前が戦えば、逃げられなくなるぞ。」

押し黙る。実際、その通りだった。

「残りの矢は、自分のために使え。安心しろ、我は死なん。恐らく、流駆たちも駆けつけてくれるだろうからな。」
「デクスさん・・・解りました。どうか死なないで!」

麻耶は、空いている通路目掛けて走り出した。

『モンスターがいたぞ!』
「・・・来たな。ここは通さぬぞ。」

数多く現れる使徒に、デクスは敢然と立ちはだかった。




















「あそこだ・・・!」

こちらはスカイ・ワイバーンの上、流駆。ベルゼブブの城を見つけ、指差す。

「よし・・・どう攻める?」
「そんなの決まってるだろ・・・」
「別行動ね。・・・じゃあ、私と炎が正面から突入するわ。流駆、その間に麻耶を探し当てて。」
「・・・俺方向音痴なんだけど。まあいい、じゃあ・・・あの窓から飛び込む!」

流駆が、適当な窓を顎でしゃくる。

「じゃ、近づけるわよ!」

楓が、スカイ・ワイバーンをその窓へと接近させる。窓の向こうにいた使徒が、それに気付いた。

『スカイ・ワイバーンだと!?』
『近づいてくる・・・!』

使徒が唖然としている間に、流駆がカードを取り出す。それに対応して、楓もカードを出す。

「頼むわよ、流駆!『ストロー・ウェイト』!」
「OK、後でな!『ジャスティス』!」

楓のスペルによって飛行能力を得た流駆が、ジャスティスで窓を破る。使徒の一匹がそれに巻き込まれ、カードに戻った。

『お前、あの召喚術師の仲間か!?』
「そうだよ・・・!」

ベルゼブブが何かアクションを起こすよりも速く、流駆が退魔剣で貫いていた。

「リュカ、あんたも出てくれ。」
「解っています。・・・麻耶を探しましょう。」

流駆とリュカは走り出した。丁度ここは、ベルゼブブの部屋とは反対の方角に位置する。

「よし、私達も・・・!」
「麻耶を助ける!そして、ベルゼブブを倒すぜ!」

炎と楓を乗せたスカイ・ワイバーンは、城の正面玄関へと降下した。


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