第53話「狂気」


『いきがって出てきた割には、大した事は無いな。』

サマエルが、馬鹿にした口調で肩で息をしているグラッドとルインに言った。

「大したことが無ぇのはそっちだろうよ・・・次の一撃で決めてやるよ・・・!」

グラッドが、レーヴァテインを突きつけて言い放つ。だが、疲労の色は濃い。
この2人、ギルマンとの戦いで受けた傷が完全に癒えているわけではなかったのだ。

『まだ勝つつもり・・・?大人しく負けてくれれば楽なのに。』
「・・・知らないな。自分でどうにかすることだ・・・。どうもさせるつもりも無いが。」

ソムナ・マンティコアとルインとの言い合いが終わった所で、風の魔力が満ち始めた。使おうとしているスペルは互いに同じ。

『さぁ、眠れ!』
「グラッド、スペルワークを貸せ・・・!」

放つタイミングも、全く同じだった。

『『ローリング・サンダー』!』

紫電が渦を巻き、拮抗する。

『ぬぅ!』
「く・・・グラッド!」

ルインの声が届く前に、グラッドはレーヴァテインを振るっていた。

「終わりだ!燃え尽きちまえ!」

巻き起こった炎が電撃に接触し、爆発を起こした。壁の一部を吹き飛ばす。

『ぐぁぁぁっ!?』

爆風の向こうから、サマエルの悲鳴が聞こえた。

「やったぜ!」
「楓たちが心配だ、私たちも行くぞ!」

と、煙の向こうのサマエルとソムナ・マンティコアに背を向けて走り出した瞬間、バチ・・・という音がした。

「何・・・!?」

ルインが振り向いた時には、再び放たれたローリング・サンダーが2人を巻き込んでいた。

「うお・・・っ!」
「ぐ・・・あ・・・!」

たまらず膝を突く2人。煙の向こうから、サマエルとソムナ・マンティコアが笑いながら現れた。

『ハハハッ・・・今のは結構効いた、しかし油断はいかんな。』
『全く・・・愚かとしか言えないわ。』
「貴様、ら・・・。」

ルインが殺意のこもった目で睨む。だが、意に反して身体は動かせない。

『では、お別れだ。永遠の眠りを・・・。』

サマエルがそこまで言った時、、後ろから足音が聞こえた。

『あら・・・?』

その足音に、ソムナ・マンティコアが振り向いた瞬間。

「急いでるんだ・・・。」

それが、ソムナ・マンティコアの聞いた最後の声だった。次の瞬間には、飛来した光弾が首から上を消滅させていた。

『・・・!?』

突然の出来事に、サマエルが動揺する。隙だらけだった。

「うおおおおおっ!」

グラッドの叫び。それと同時に、レーヴァテインとルインの爪がサマエルを貫いていた。

『しま、った・・・!』
「油断したのは・・・そっち・・・だったな・・・。」

ソムナ・マンティコア、そしてサマエルがカードに戻る。それと同時に、最後の力を使ったグラッド、ルインも気を失った。

「・・・後は、任せろ。」

突然現れてソムナ・マンティコアを仕留めた少年は2人に手を翳し、カードへと戻した。
そして、再び走り出した。

























『ここにいる少女たちはね、僕の妻に見出されたんだよ。』

カプセルに入れられている無数の少女を見渡しながら、ベルゼブブが語った。

「つ、妻・・・?」
『そう。みんな綺麗でしょ?・・・まぁ、麻耶にはどうしても劣るけどね。』

誉めているらしいその言葉は、麻耶に悪寒を走らせた。

「・・・その妻になるべき人が、どうしてこんな扱いなのかしらね。」
「大体、奥さんがどうしてこんなにたくさんいるんだよ!」

アイス・ミラーの檻の中から、楓と炎が騒ぎ立てた。

『五月蝿いなぁ、君たち。・・・ま、教えてあげるよ。』

多少不機嫌になりつつ、ちらりとだけ檻の方を見る。

『まずは、どうしてたくさんいるか。簡単だよ、皆死んでるんだから。』
「死ん・・・でる!?」
『そう。皆あることができなかったのさ。そのショックでね。せっかくだし、カプセルに入れて保管してみることにしたのさ。』
「なんてことを・・・死者への冒涜に他ならない・・・!」

会話だけは聞こえていたカード内のデクスが、絞り出すような声を出す。

「・・・あることが出来なくて死んだ・・・と言いましたね。」
『うん、言ったよ。』
「あることとは、一体何なんですか・・・?」

問う麻耶の口調に、珍しく棘が見えた。

『妊娠。』
「え・・・?」
『妊娠だよ。僕の子供を宿すことが出来なかったのさ。』
「妊娠・・・子供・・・!?」

思わぬ発言に、麻耶の頬に軽く朱が差した。

『僕が、この人だっ・・・て思ったのが、この娘たちさ。でも結果は見ての通り。残念だよ。そう思わない?』

ベルゼブブの話し方は確かに残念そうだが、目は笑っていた。

『でも麻耶、君ならきっと僕の子供を産める。さぁ・・・。』
「・・・ま、麻耶は14よ!子供なんて産める訳無いじゃない!」

檻の中から、楓が叫んだ。だが、ベルゼブブは。

『産める。』

そう、言い切った。

『何故・・・って顔だね。何故なら・・・麻耶には力があるからさ。』
「・・・力?私に・・・?」

その言葉に麻耶は思い当たる所を探し・・・太陽を睨む天使の言葉を思い出した。

『その力があればたとえ14歳でも僕の子供を産めるはずさ。正直、力の中身は僕にはどうでもいい。』

狂気を伴った語り口に、麻耶は恐怖を感じて後ずさる。

『・・・さて、お話はここまで。僕の子供・・・産んでくれるね?』

ベルゼブブが、1歩麻耶に近づく。炎と楓は、何とか壁を破ろうとしているが、びくともしない。

「・・・正直、話が突飛すぎて、私には理解しかねます。」

言いながら、ブラック・ライトニングを構えてベルゼブブを見据えた。

「でも・・・あなたが酷いことをして、そして許せないことは解りました・・・それで、十分です!」

ベルゼブブが、その言葉に両肩を竦めた。

『・・・戦ってもいいけど、結果は明白だよ?』
「やってみなければ・・・!」

麻耶が怒りのまま、ブレイズの矢を放った。

『この調子じゃ魅了はできないな・・・。』

そう嘆くように言いながら、左手を翳す。そこから霊魂の武装によって、盾が出現した。

『仕方ない・・・少し相手してあげるよ。』

盾が消えると同時に、今度は右手を振るった。すると、同じく霊魂の武装によって現れた鞭が、麻耶のブラック・ライトニングを弾いた。

「あっ!?」
『そうだね、傷はつけたくないから・・・まずは、一糸纏わぬ姿になってもらおうか?』

ベルゼブブが、立て続けに鞭を振るう。その一撃ごとに、麻耶が着ている服の袖や裾が切られた。

「この野郎!止めろ!」
「あなた変態!?止めなさい!」

炎と楓の声が、更に大きくなる。ベルゼブブは手を休め、不快そうにそちらを見た。

『君たち、本当に五月蝿いね。・・・こうしてあげよう。』

ベルゼブブが指を鳴らした。すると、炎、楓の前後にある壁が、内側へと迫ってきた。

「何だ・・・!?」
「まさか・・・私たちを押しつぶす気!?」

すぐにその意図を悟った楓が黄金の槍をつっかえ棒にする。だが、ギシギシという音が長持ちしないことを示していた。

『黄金の槍か・・・長持ちしなさそうだね。』
「止めて!すぐに止めてください!」

麻耶が悲鳴に近い声を上げた。

『止めて欲しい?じゃあ、僕のものになってくれれば。』
「・・・そ、それは・・・!」

ベルゼブブの言葉に、少しでも負荷を減らそうと壁を押す炎と楓が反発した。

「駄目よ、麻耶!」
「そうだ!こいつが約束を守らないなんて、俺にも解るぜ!」
『・・・心外だね。僕は約束は守るよ。』

「わ、私は・・・!」

今にも泣き出しそうな麻耶。

『じゃあ、今から君に口付けをする。それと同時に、あれも止めるよ。依存は無いね?』

麻耶は応えられない。ベルゼブブはそれを了承と受け取り、麻耶に近づく。

「ち、畜生・・・!」
「ベルゼ、ブブ・・・!」

炎、楓が成す術無く見つめる。

『さ、麻耶。』

全く喋らない麻耶。ベルゼブブがその顎を持ち上げると、その顔は本当に泣く1歩手前であった。

『また怯えてるね。そんな必要は無いのに・・・。』

と、ベルゼブブが顔を近づけようとした・・・その時だった。

「その手を離せ。」

静かな、しかしはっきりとした声が入り口から響いた。

「あ・・・!」
「遅い、わよ・・・!」

炎、楓から笑みが零れる。

『・・・へぇ、君、まだ生きていたんだ。驚いた。』

顔を半分だけ向けているベルゼブブは、本当に驚いた様子だ。

「流駆さん・・・!」

麻耶の目からは、涙が一滴零れ落ちた。

『困るなぁ、せっかくいい所・・・。』
「聞こえなかったのか?」

流駆が1歩前に出て、鋭い視線と声をベルゼブブに浴びせた。

「・・・その汚い手を、離せって言ったんだよ・・・。」

それは、普段は滅多に見せる事の無い、流駆の怒りであった。


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