第54話「許せない相手」


『僕の手が汚いだって?失礼だね、君は。』

ベルゼブブは麻耶の顎から手を離し、流駆を正面から見据えた。その視線が、流駆が持つ剣に向けられる。

『・・・おや、君が持っている剣・・・確か、あのワルキュリアの剣じゃなかったかい?』

流駆は、ベルゼブブの言葉に対して全く応えることをしない。

「あれは、セネスさんの・・・じゃあ、本当にセネスさんは・・・!」

剣を見た麻耶は、セネスの死を悟った。

『仇討ちのつもりかい?自分の手駒の?だとしたら・・・。』

反応の無い流駆を見て、ベルゼブブは嘲笑した。

『アハハハ!どこかおかしいんじゃないのかい、召喚術師君!?』
「おかしいって・・・どういうことだよ!」

流駆の代わりに、炎が大声で訊ねた。

『召喚術師にとってモンスターは道具!道具が壊されたからといって、その仇討ちに来るなんて!』

その言葉にも、流駆は一言も話さない。ただ、少しづつ部屋の中へと歩くだけ。

『ましてやその道具の形見なんて持って!面白い!最高のギャグだよ!麻耶、そう思わない!?』
「ベルゼブブ・・・あなたは・・・!」

麻耶が、かなりの怒りを込めた視線でベルゼブブを睨む。だが、言われた本人の流駆はそれでも無言。

『・・・ねぇ君、さっきから何も喋らないけど、何とか言ったらどうだい?』

反応を示さない流駆に、多少の不満を覚えたベルゼブブは、そう流駆に言った。それでも流駆は無言で歩き、いつの間にか炎と楓が捕獲されている檻の前にいた。

『たとえば、さっきの失言に対する謝罪とか。君のギャグに免じて、併せてデビル・クラーケンを殺したことも許してあげるよ?』
「・・・か・・・?」

ベルゼブブへの返答は、呟くような流駆の言葉。

『え、何だって?聞こえないな?』

ベルゼブブがニヤニヤしながら流駆に近づく。すると、流駆は再び呟いた。

「・・・言いたい事はそれだけか・・・?」

その言葉に、不満を高めるベルゼブブ。

『違うなぁ。僕が求めてるのは・・・。』
「それだけなら・・・もう黙れ。」

そう言いながら、流駆は円を書くように剣を振った。

「流駆、何を・・・あっ!?」

楓が、思わず前に転びそうになる。彼女が押していた壁の部分が抜け、綺麗な円状の穴が出来たのだ。

「まさか、今ので・・・!?」
「流駆、お前・・・。」

驚嘆する炎と楓に向かって、流駆は言った。

「2人は麻耶を頼む。俺はあいつをやる。」

その言葉に、炎、楓が異を唱える。

「ちょっと待て、せめて俺だけでも一緒に戦うぜ!」
「なら私も、3人の方が・・・!」

だが、流駆は静かに首を横に振った。

「心配するな・・・。」

流駆は、自信にあふれた表情で再びベルゼブブを睨んだ。

「・・・あんな下衆野郎、俺一人で十分だ・・・!」

流駆がそう言った直後、鞭が彼に迫った。すかさず剣で受ける。

『1度ならず、2度も僕に無礼な口を聞いたね?もう許してあげないよ・・・お仕置だ。』
「やってみろよ・・・。」

流駆の挑発的な言葉に、怒りを募らせたベルゼブブは、再度鞭を振るった。

「2人とも、麻耶の元へ!」
「お、おう!」
「・・・解ったわ!」

流駆は鞭を避わすと同時に、間合いを詰めるべく走り出した。

「は・・・速い!?」

それを見ていた麻耶が克目する。流駆の速度は、普段の彼とは比べ物にならないほどだったのだ。

『速い・・・だけど、甘いよ!』

ベルゼブブが開いている左手を突き出す。そこからいきなり剣が現れ、流駆の心臓を狙った。

『残念だった・・・何!』

ベルゼブブの顔に、はっきりと驚愕が見て取れた。流駆が、跳ね上げた自らの剣でベルゼブブの剣を両断していたのだ。

「甘いのは・・・お前だよ!」

そのまま懐に入り込んだ流駆が、ベルゼブブの顔を渾身の力を込めて殴り飛ばした。

『ゲフッ!』

殴られた勢いで、ベルゼブブがカプセルの1つに衝突した。カプセルが割れ、液体が流れ出す。
中の少女は・・・溶けるようにして消滅した。

「あ・・・流駆・・・スペルで強化してんのか・・・?」
「でも、そんな様子じゃないみたい・・・。」
「流駆さん・・・。」

流駆の人間離れした動きを見て、唖然とする炎、楓、麻耶。

「こんなものじゃないぞ・・・セネスが受けた苦痛はな・・・。」

鬼気迫る表情で流駆が言う。その声に、ベルゼブブはすっと立ち上がった。

『僕の顔に傷をつけたね・・・?君は許さないよ。僕の手で・・・殺してやる!』

ベルゼブブの身体全体に、霊魂の武装が施された。堅牢な鎧と盾と、鋭い刃を持つ剣を装備している。

「今まで俺は、六皇子の魔力だけ断てれば良いと思ってたが、お前は例外だ。」

武装したベルゼブブを見ても、少しも怯まない流駆が言い放つ。

「戦えない全員の分を合わせて、完膚なきまでに叩きのめしてやる・・・!」

流駆の言葉の直後、流駆が持つ剣から光が発せられた。戦争の女神モリガンが持つ力、殲滅の後光。

「殲滅の後光!」
「あれがか!?流駆が持っている力っつうのは!」
「でも流駆さん、自分の意志で出しました・・・よね。」

こちらの3人は、ほとんど観客と化している。

『殲滅の後光・・・アスタロトが言っていた力を持つ召喚術師のもう一人は君のことか。』
「もう一人・・・?」
『だけど所詮は人間・・・六皇子である僕にかなうと思うかい!?』

ベルゼブブが、流駆に対して突進した。流駆も、勢いよく走り出す。

『この剣で、真っ二つにしてあげるよ!』

叫び、剣が振り下ろされる。流駆は、すくい上げるように一撃を合わせた。

『へぇ、受けたか!でも、力じゃ断然僕に分があるよね!?』

上段から剣を押し付けているベルゼブブ。確かに、力では圧倒的にベルゼブブが勝る。だが流駆は。

「お前、耳が悪いのか・・・?」

絶対零度に近いような声で、流駆が呟く。

『この期に及んで僕を!』
「甘いって・・・言っただろうが!」

流駆の叫び。それに呼応したかのように、更に輝きを増した殲滅の後光が剣から漏れ、撒き散らされた。

『なっ!?』
「お前が殺した・・・セネスの力だ・・・!」

流駆がベルゼブブの剣を押し返すと共に、散っていた殲滅の後光が、弾丸のようにベルゼブブを襲った。

『うわあああああっ!』

殲滅の後光は、霊魂の武装にいとも容易く喰い込んだ。鎧各所に、ひびが走る。

『そんな!僕の霊魂の武装が!』

自らの鎧に走ったひび割れを、信じられないと言う目で見るベルゼブブ。流駆は、無言でそれを見やる。

「な、なぁ・・・。」
「え、えぇ・・・。」
「・・・炎さん?楓さん?」

思わず、口が半開きになっている炎と楓。麻耶が、声をかけた。

「流駆の奴・・・。」
「えぇ・・・本気で怒ってるわ・・・。」
「怒ってるって・・・セネスさんが殺されたんですよ!当たり前じゃないですか!」

炎と楓の言葉に、麻耶は声を荒げた。

「それはそうだけど・・・でも、初めて見るのよ・・・。」
「初め・・・て?」

小首を傾ける麻耶。

「私や炎は、物心ついた時から流駆と3人でいたわ・・・。流駆は、そんな時から滅多に怒らなかったの。」
「切れるなんて言葉には縁の無い奴だったんだ・・・それが、今はあそこまでブチ切れてやがる・・・。」
「でも・・・当然だと思いますよ。私だって、絶対に許せない・・・!」
「それは、俺もだ・・・!」
「私だって同じよ・・・!」

3人で、ようやく落ち着いてきたベルゼブブを睨む。

『・・・確かに、甘く見てたみたいだね。』

ベルゼブブが起き上がった。その手には、いつの間にか2枚のカードがある。

『僕の武器に鎧。』

抑揚の無い声で言いながら、カードを放る。そこから召喚されたのは・・・『ヘルカイト』と『トライホーン』。

「召喚か!」
「流石に、1対3で大丈夫とは・・・!」

と、炎と楓が身を乗り出した瞬間、そのヘルカイトとトライホーンが、急に力を失ったように地に落ちた。

「何だって・・・!?」
「きっと、霊魂の武装です!そのために・・・!」

麻耶が言うように、ベルゼブブの身体には再び鎧が現れ、手には・・・鞭である。

『僕が負ける訳ないよ。君を殺して、麻耶を僕のものにする!』

言葉と同時に、ベルゼブブは、あろうことか麻耶に鞭を振るった。

「・・・黙れよ、このロリコン六皇子が!」

流駆が、横に剣を払った。殲滅の後光が光弾となって、ベルゼブブの鞭を途中で引き千切った。

『・・・!』

今日幾度目とも知れぬ驚愕に顔を染めるベルゼブブ。流駆は、炎、楓、麻耶の3人を守るように前に立つ。

「麻耶は大切な仲間だ。そんな自分勝手な都合で・・・いや、どんな理由があったって渡せるかよ・・・!」

流駆が言い放つ。その気迫に押されたのか、ベルゼブブが歯を食い縛って1歩下がる。

「・・・カッコつけてるな、流駆。」
「流駆、言うわね。」
「・・・茶化すな、外野。」
「流駆さん・・・私・・・私・・・!」

感動で、再び泣き出しそうな麻耶。このやり取りを見る限り、流駆の激昂は収まったようだ。

『ふざけるな・・・麻耶は僕のものだ・・・僕だけのものだ・・・!』

ベルゼブブの顔が、醜く歪んでいく。

『僕のものにならないなら・・・いっそ!』

ベルゼブブが突き出した腕から、『ローリング・サンダー』が放たれた。4人とも、避けられるタイミングではない。

『アハハハハ!死んでしまえばいいさ・・・?』

狂ったように笑うベルゼブブだが、不意にそれが止まる。電撃が、光の壁によって止まっているのだ。

『せ、殲滅の後光・・・!?』
「ご名答!」

殲滅の後光で身を守った流駆が、ローリング・サンダーを突き破って現れた。

「これで終わりだ!」

流駆が、霊魂の武装の上から剣を叩きつける。その一撃で、霊魂の武装は簡単に砕けた。

「お前が今までつけた傷の痛み・・・思い知れ!」

声がした瞬間、殲滅の後光が剣に収束し、巨大なプラズマとなってベルゼブブに叩きつけられた。


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