第56話「30分」


「・・・暗い・・・大分遅くなっちゃったわね。」

ベルゼブブの城から外に出るなり楓が言う。日はとうに沈み、代わりに月が輝いていた。

「早いとこ帰ろうぜ。腹減ったしよ。」
「そうですね・・・雫さんの様子も気になりますし。」

続けて出て来た炎と麻耶。最後に、流駆が左右にふらつきながら現れた。

「流駆、本当に大丈夫?」
「微妙に大丈夫じゃない・・・。これじゃ、まるで俺が捕まっていたみたいだな・・・。」

楓の言葉に、苦笑しながら返す。

「流駆さん、私たちのために・・・私は・・・。」
「・・・それ以上言うな。とにかく今は、帰って寝たい・・・。」

そこまで言った所で、流駆がデックからカードを探す。

「流駆?」
「帰るんだろ?楓、スカイ・ワイバーン。俺はホルス呼ぶから。」
「待て流駆、カード貸せ。俺が召喚してやるからよ。」

と、炎が流駆のカードを取ろうとした時、大きな影が月光を遮った。

「めっけ!」

4人がその影と声に上を振り向くと、そこには月光に照らされたファイア・ドラゴン。そしてその背には、樹と雫がいた。

「樹さん!雫さん!」
「良かった!麻耶、無事だったんだ!」

ファイア・ドラゴンが近くに降りて、樹と雫が駆け寄る。

「流駆さんたちのお陰で・・・心配かけてすいませんでした。」
「それは、お互い様でしょ。私も、皆にダゴンを倒してもらったわけだし、傷ついた私を助けてくれたし。」

微笑しながら、雫が応える。そんな雫を、麻耶が気遣わしげに見つめた。

「雫さん、傷の方は大丈夫なんですか・・・?」
「傷そのものはリジェネレーションで塞がっているし、足りなかった血も、食事をもらって補給したわ。ただちょっと貧血かしらね。」

心配される程じゃない、それよりも麻耶が無事で何より・・・と、雫は付け加えた。

「皆、帰るでしょ?早く乗って乗って!」
「そうね。じゃあ炎はファイア・ドラゴンに。私と麻耶と流駆でスカイ・ワイバーンに乗るから。」
「おう。」

と、それぞれドラゴンに向かおうとした時。

『まさか、六皇子の内4人もの皇子を退けるとはな・・・。』

女性の声が、その場にいた全員の頭に響いた。

「何、この声は・・・。」
「この声・・・アスタロトか・・・!」

雫以外は聞いたことのある声。
それはかつて、マレブランケを差し向けて流駆たちに迫った六皇子、死の女神アスタロトのものだった。

『召喚術師が1人増えているな。それに・・・力を持つ召喚術師の内、1人はその力を覚醒させたようだな。』
「え、力・・・?」
「だったら、どうだって言うんだよ・・・。」

事情を知らない樹に対し、流駆が苛付いた声を返す。その時初めて、樹は流駆が剣を持っていることに気が付いた。

『・・・無駄話はしない。4人もの六皇子を倒したその秘められた力、私が貰い受ける!』

と、アスタロトが言った所で、流駆と麻耶の身体が、黒い靄に包まれた。

「何だ・・・!?」
「これは・・・!?」
『流駆に麻耶といったか。私の元で、存分に役に立ってもらう!』

靄が濃くなり、2人の姿が完全に見えなくなろうとした瞬間、流駆の剣が光を発した。

「・・・!」

流駆が何か言うよりも早く、光は靄を振り払った。

「・・・麻耶!?」

流駆が麻耶の方を見やる。麻耶の身体は、既に靄の向こう側で見えない。

「くそっ・・・頼む、麻耶の靄も振り払ってくれ!」

流駆が剣に言うと、剣から光の帯が伸び、麻耶に纏わりついている靄を振り払おうとした。
・・・しかし、遅かった。光が届く刹那、靄は麻耶ごと消えた。

『覚醒した少年の方はこちらに連れてこれなかったか・・・。』
「アスタロト・・・麻耶を、どこにやったの!?」

一連の事象に、全く手出しできなかった他の4人。樹が叫ぶ。

『彼女なら、私の足元にいる。もっとも、今は気を失っているがな。』
「てめぇ、麻耶に何かしたらただじゃおかねぇぞ!ベルゼブブも同じような事してんだ!」
『危害は加えない。ただ、彼女の力を利用させてもらうだけだ。』

淡々と喋るアスタロトだが、何かを思いついたように笑い声が混じった。

『・・・彼女に会わせてやろうか?』
「・・・何ですって?」
『30分後、使いを向かわせよう。そこで待っていろ。』
「使い、ですって・・・?刺客の間違いじゃないの?」

皮肉を言う楓。アスタロトの提案に、流駆が口を開いた。

「たいした自信だな、アスタロト・・・お前が、俺たちに倒される六皇子の5人目だ。覚えとけよ。」
『減らず口を。まぁいい・・・30分後に、レッサー・デーモンをそちらにやる。』

そこで、アスタロトからの声は途切れた。炎や樹は何かまだ言いたいことがあるようだが、返事はもう帰ってこない。

「流駆、これって・・・。」
「十中八九、罠だろうな。或いは、力があるらしい俺をどうにかして向こうに引き込もうとしているか・・・。」
「力・・・?」

雫が、流駆の言葉に首を傾げる。

「・・・この城の中で、俺は力に目覚めた。具体的には、殲滅の後光が使える。」
「殲滅の後光って、戦争の女神モリガンの・・・?」
「そう。詳しくは・・・」

と、流駆の足がガクつき、尻餅をつくように座り込んでしまった。

「流駆!?」
「悪い・・・やっぱり・・・落ち着いたら・・・。」

流駆の頭が垂れた。すぐに、僅かな寝息が聞こえる。

「なっ・・・ちょっと流駆!こんな時に何寝てるのよ!」
「・・・ごめんなさい、レッサー・デーモンが来るまで休ませてあげてくれない?」

雫が流駆を揺り動かそうとした所で、リュカが現れた。

「リュカ?」
「流駆は、ここで麻耶を助けるために殲滅の後光を大分使ったわ。加えて、ダゴンとの戦闘も。
・・・彼の体力は、ほとんど限界のはずよ。」

リュカが、沈痛な表情で話すのを見て、雫は口を噤んだ。

「でも、麻耶が・・・!」
「私だって心配よ・・・でも、だからって闇雲に動くこともできない・・・。」

樹も黙る。だが、今度は彼女のデック内からレーゼが喋った。

「でも、デクスがついてるんだろ?」
「それが・・・僕は今、ここなんだ・・・。」

楓のデックの中から、デクスの声がした。その声に、レーゼが素っ頓狂な声を出す。

「・・・は!?どうしてさ!?」
「あの城の中で、逃げ回っている麻耶の追っ手を1人で引き受けてたわ。更にあの城は昔からある場所。・・・今ごろようやく、傷が癒えたところでしょ?」
「まさに、その通り・・・。」

一同を、重たい沈黙が包む。

「・・・とにかく、待ちましょう。」

リュカが、全員に言う。

「レッサー・デーモンが来るまで、私たちにできることは何も無いんですから・・・。」




















『・・・始めてみるか。』

こちらは、足元に麻耶を横にしている女性。言うまでも無いだろうが、『死の女神アスタロト』である。
麻耶の下に膝をつき、手を頭に添えた。

「う・・・うっ・・・あ・・・。」

気絶しているはずの麻耶の口から、呻き声が聞こえる。

『・・・む・・・やはり魅了の術に対する抵抗力は高いか・・・。』

本人が言うように、アスタロトは麻耶を自分の思う通りにしようとしていた。

『・・・これなら、どうだ?』

麻耶の頭に添えていた手が、今度は頭をガッと掴んだ。

「あ・・・く・・・あぁ・・・!」

呻き声が、徐々に叫び声へと変化する。

「あ・・・・・・ぁ・・・・・・。」

そしてその叫び声は、徐々に小さくなり、やがて消えた。

『麻耶。これからは、私の右腕として動いてもらう。あの4人がいなくとも、お前とあの少年・・・流駆がいれば事足りる・・・。』




















『アスタロト様が言う召喚術師とはお前たちのことか?』

30分が経過した直後、レッサー・デーモンが流駆たちの前に現れた。

「そうだ!てめぇ、麻耶をどこにやったか教えろ!」
『アスタロト様の命令だ。お前たちを案内する。ついて来い。』

それだけ言って、レッサー・デーモンは背後を向いて飛び立つ。

「よっしゃ・・・アスタロト!ボコる!」
「麻耶、無事でいてよ・・・。」
「絶対に、麻耶を助ける!」
「アスタロト・・・思い知らせてあげるわ・・・。」

流駆を除く4人が、ファイア・ドラゴンとスカイ・ワイバーンに向かう。

「・・・流駆は?」
「まさか、まだ寝て・・・?」

楓と雫が、流駆が座って寝ていた場所を見る・・・が、既に流駆はいない。

「流駆?」

楓が辺りを見回すと、流駆がちょっとした岩を目の前に立っていた。

「流駆、こんな時に一体何を・・・。」

と楓が話し掛けた直後、流駆がセネスの剣をその岩に振り下ろした。一瞬殲滅の後光が走り・・・岩にひび割れを生じさせ、壊した。

「・・・!」
「行くぞ・・・麻耶を助けて、アスタロトを倒すんだ・・・。」

完全に疲れが取れていない顔を向けて、流駆は言った。


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