第58話「麻耶の力」
「正気かよ・・・!?」
麻耶が自分に向けて弓を構えたことに驚愕する流駆。
「流駆、恐らく麻耶は操られているのよ・・・アスタロトによって・・・。」
『流石に勘がいいな・・・その通りだ。もはや麻耶にお前たちの言葉は届かん。』
「それなら・・・お前を倒せば!」
流駆が剣を構え、念じる。刀身に、殲滅の後光が具現化した。
『殲滅の後光か・・・だが流駆、覚醒したばかりのお前にまだそれを扱う力は残っているか?』
「なめるなよ!」
『フ・・・麻耶、放て。』
アスタロトの言葉の直後、弓の弦を引き絞っている麻耶の右手に、夜闇の中でも見て取れるほどの闇が収束した。
「麻耶・・・!?」
「あれが、麻耶の力・・・!」
収束した闇はそのまま矢となって、ブラック・ライトニングに番えられた状態となる。
『やれ。』
「止めろ、麻耶!」
流駆の言葉も空しく、麻耶は弦を引く指を放す。闇の矢が、その周りに更なる魔の力を渦巻かせて流駆に迫った。
「・・・!」
「速い・・・避けられない!流駆!」
リュカの叫びの中、流駆は、セネスの剣を正面に突き出した。
「殲滅の後光よ・・・!」
流駆の言葉に、剣の光がそのまま壁となって闇の矢を受け止めた。
しばらくの間拮抗した力は、やがて相殺し、弾けて消えた。
『・・・思ったより使いこなせるようだな。』
「何なんだ、このでたらめな威力・・・。」
流駆が、倒れそうになるのを剣を支えにしてこらえた。
『流駆、お前は精霊神という存在を知っているか?』
「いきなり何を・・・精霊神?確か、各属性にいる精霊の王・・・。」
突然話を振られ、よく解らないままに答える流駆。
『では、その力は?』
「・・・火属性のゲヘナが『怒号』、水のオリュンポスが『瀑布』、土のサンサーラが『鉄壁』、
風のヴァルハラが『雷電』、聖のエリュシオンが『光明』、魔のパンデモニウムが『煉獄』・・・何が言いたいんだ。」
苛々を募らせる流駆に、アスタロトは苦笑した。
『意外と鈍いのだな。』
「何?」
『麻耶の力、まだ思いつかないか?』
含みのあるベルゼブブの言葉。勘付いたのは、リュカの方だった。
「まさか、麻耶の力は・・・!」
『そこのワルキュリアは理解したようだな。』
ここで、流駆もはっとした表情になる。
「麻耶の力・・・ひょっとして・・・!」
『恐らくお前の思った通りだ。麻耶に宿る力は、精霊神が一柱、パンデモニウム。』
苦笑が、高笑いに変わる。
『そして今の一撃はその力、煉獄!麻耶は、弓を介せばその力を存分に引き出せる!』
「弓を使った煉獄・・・さしずめ、麻耶の力は煉獄の矢、とでも言うべきですか・・・。」
「煉獄の矢、か・・・。」
リュカ、流駆の表情が渋いものになる。
『これで心残りは無いだろう。私のところに来るか、死か、選べ。』
「・・・どっちもご免だ。お前を倒して、麻耶は連れて帰る!」
流駆が、改めて殲滅の後光を宿した剣を構える。
『そうか・・・残念だ。麻耶・・・殺れ。』
麻耶が、構えた弓から再び黒い闇の矢・・・煉獄の矢を作り出す。
「麻耶、止めろ!そんな奴に操られてるんじゃない!」
『無駄だ。』
アスタロトの呟きとともに、煉獄の矢が放たれた。
「くっ・・・!」
再び、殲滅の後光で壁を作り出す流駆。煉獄の矢と拮抗し、消えた。
『無駄なことを・・・。』
「・・・これ以上は、まずい・・・。」
流駆の息が、再び荒くなる。殲滅の後光を生み出すため、相当精神力を消費していた。
「流駆、まずいですよ・・・。」
「あぁ、次防げるかは解らない・・・。」
「貴方だけではない・・・麻耶もよ。よく見て・・・麻耶も息が上がっているわ。」
流駆が改めて麻耶を見る。月に照らされたその口から、小刻みに息が吐き出されていた。」
「流駆と違って、麻耶はアスタロトに無理矢理力を引き出されたのよ。だから身体がついていってない。貴方以上に精神をすり減らしているはずよ。」
「つまり、麻耶もこれ以上はキツイってことか・・・。」
「でも、アスタロトはそんなことお構いなしで煉獄の矢を放たせるはず。・・・いずれ倒れてしまうわ。」
リュカの言葉に、流駆は大きく舌打ちをした。
「・・・解った。リュカ・・・悪いけど、アスタロトを押さえてくれないか?」
「では、流駆は麻耶を・・・?」
「無理矢理にでも、こちらに引き戻す。それまで頼む。」
『何をゴチャゴチャ言っている・・・麻耶!』
麻耶が、3発目の煉獄の矢を放った。流駆は剣ではなく、カードを構える。
「・・・この矢が煉獄だっていうなら、これで!」
流駆の目の前に『サンド・カーテン』が吹き上がり、闇の矢を防いだ。
『なるほど、能力でなくスペルで防ぐか。まぁ賢いやり方だな。』
「アスタロト!」
感心しているアスタロトに、リュカが大鎌を振り下ろした。
『っ・・・私の相手はお前がやると言うわけか?』
「そのうち流駆が麻耶を正気に戻してくれる。それまでは私が相手をしましょう。」
『正気には戻らぬだろうが・・・まぁいい。少し相手をしてやろう!』
リュカとアスタロトが互いに同じ武器、大鎌を構える。そして、睨み合いに入った。
『・・・麻耶、その少年は任せる。』
アスタロトの、そんな言葉を残して。
「眼醒ませ、麻耶・・・麻耶!」
麻耶に、流駆の言葉に耳を貸す様子は見受けられない。肩で息をしながら、煉獄の矢を構える。
「麻耶!それももう撃つな!お前がやばいんだぞ!アスタロトの言うことなんて聞くんじゃない!」
だが、麻耶は弓を引き絞る。流駆も仕方なく、光を宿した剣を持ち上げる。
「麻耶・・・!」
再び、煉獄の矢が放たれた。流駆は殲滅の後光で再度壁を作ろうとする・・・が、光が弱い。
「やばい・・・力が・・・入らない・・・!」
ダゴン、ベルゼブブと立て続けに戦った流駆は、心身ともにもう限界を超えていたのだ。
「・・・・・・!」
先程よりもはるかに薄い壁は、煉獄の破壊力を完全に相殺することはできなかった。一部抜けてきた闇が、流駆を襲う。
「・・・ぐぅぅぅぅ!」
僅かに掠っただけでも、激しい痛みを与える闇。流駆はたまらず膝を突いた。
「次は・・・防げない・・・。」
自分で言うように、殲滅の後光は大分弱くなっている。これで壁を張ったとしても、恐らく貫かれる。
「・・・麻耶・・・どうして、こんなことに・・・。」
流駆が顔を上げ、麻耶を見据える。その視線を受け止めた麻耶に、僅かながら変化が生まれた。
「・・・あ・・・。」
再開してから、初めて言葉を発したのだ。リュカと戦っているアスタロトは、その声を鋭敏に聞き捉えた。
『何・・・?術に綻びが生じたか・・・?』
「余所見とは・・・余裕ね!」
リュカの採魂の炎がアスタロトに迫る。アスタロトは髪の毛一本の差でそれを避けた。
『・・・まぁ、解けてしまったなら2度目は効くまい・・・。』
一人ごちりながら、再びリュカと対峙する。
「麻耶・・・頼むから、目を覚ましてくれ・・・!」
「・・・あ・・・あ・・・流・・・?」
流駆の呼びかけに、麻耶の瞳に少しずつ光が戻る。
「そうだ、俺は流駆だ!麻耶!」
『何をしている、麻耶。そいつは流駆だが、お前の敵だ。殺せ。』
アスタロトの声が干渉する。その途端、麻耶の顔が苦痛に引き攣った。
「う・・・うああああっ・・・!」
「ま、麻耶!?」
弓を落とし、膝をつき、頭を抱える麻耶。思わず流駆が駆け寄る。
『チッ・・・精神錯乱に陥っただと・・・!?』
「アスタロト、あなた一体何を!」
『お前には関係無い事だ!』
斬りかかって来たリュカに『タイダルウェイブ』を浴びせ、自らは麻耶と流駆の元へ向かうアスタロト。
リュカは何とかそのタイダルウェイブを『ディスペル・マジック』で打ち消したものの、アスタロトに遅れた。
「麻耶、しっかり!」
『思ったよりも精神が脆かったようだな。・・・まぁ、若ければ当然か。』
流駆の目の前、麻耶の背後にアスタロトが現れた。
「アスタロト、お前・・・!」
『麻耶、そいつを殺せ。・・・麻耶!』
「・・・あああああ!」
麻耶の悲鳴が、一層酷くなった。
『駄目か。・・・残念だが、もはや使えんな。』
と、アスタロトは大鎌を構える。麻耶を、いつでもその餌食にできるように。