第61話「まだ」
「煉獄の矢よ、アスタロトを貫いて!」
麻耶が、再び煉獄の矢を放つ。だが、先程と比べると威力が弱い。
『・・・覚醒したとはいえ、疲労困憊のようだな。その程度では。』
アスタロトは、その煉獄の矢を、まるで蝿でも叩き落すかのように弾いた。
『私を失望させてくれるなよ!』
そんな楽しむような声と同時に、アスタロトは手早くスペルを放った。フレイム・ストライクだ。
「・・・はっきり解る・・・。私の力は、煉獄だけじゃない・・・!」
『何・・・?』
麻耶の言葉に、首を捻るアスタロト。麻耶はまた、弓の弦を引く。すると、煉獄とは明らかに違う、魔力光が集まった。
「『カウンター・アロー』!」
『・・・!』
麻耶の放った光の矢は、フレイム・ストライクと真っ向から衝突し、その炎もろとも消え去った。
『戦闘スペル・・・矢か!』
「こんな短時間で目覚めたから、名前はありませんが・・・私の力は、矢のスペルと、煉獄の矢・・・!」
そう言いながら、今度は背中の矢筒から最後の一本となっていた矢を引き抜く。
「そして、これら魔法の矢・・・対抗では、そう負けはしませんよ。」
矢を放つ。それは相手に電撃を与える、トルクメンの矢。
『馬鹿が、その対抗手段を簡単に手放すとは・・・!?』
矢を迎撃すべく、スペルを練り始めるアスタロト。
『お前にかかる反動をより強く・・・何!?』
アスタロトのスペル詠唱が止まった。見開かれたその目に映るのは、煉獄を纏ったトルクメンの矢。
『通常の魔力の矢に・・・煉獄を混ぜ合わせた・・・!?』
電撃と混沌を併せ持つ矢が、アスタロトに命中する。その瞬間、電撃を纏った混沌がアスタロトを包んだ。
「・・・妥当なんですよ、アスタロト。トルクメンの矢ではあなたは平気ですが・・・それに煉獄の破壊力を上乗せしました。」
冷静に、麻耶が言葉を紡ぐ。
「たまたま上手くいきましたが・・・暴走したかもしれません。それを対抗で撃つほど、私も馬鹿じゃないです。」
喋り終わった所で、アスタロトの大鎌が一閃した。混沌が2つに裂かれ、アスタロトの姿が現れる。
『なるほど・・・。私が無理矢理目覚めさせたとはいえ、力は制御できているわけか。』
アスタロトの目が、鋭くなる。
『・・・遊ぶつもりでいたが、止めだ。本気で行くぞ!』
鎌を、頭上で回転させるアスタロト。その周りには澱んだ魔力・・・言うなれば瘴気が満ちていた。
「あれは・・・!」
「麻耶、逃げて・・・!死の旋風がくるわ・・・!」
倒れこんで、立ち上がれる状態でなかったリュカが叫ぶ。
『さぁ・・・死ぬがいい!』
「お断りですよ・・・!」
アスタロトが鎌を振り、死の旋風を放つ。麻耶も、煉獄の矢で応戦する。
「拮抗する・・・互角!?」
リュカが言うように、煉獄の矢と死の旋風は、その力をぶつけ合っている。
『互角?違うな・・・よく見てみろ。』
「・・・!煉獄の矢が・・・麻耶が、押されてる!?」
そうなのだ。力をぶつけ合っているとは言うものの、死の旋風がじりじりと煉獄の矢を押し返していたのだ。
「もう少し・・・力を・・・!」
『無駄なことだ・・・ほとんど体力は残っていまい!』
歯を食い縛る麻耶だが、アスタロトはそれよりもはるかに強大な力を注ぎ込んだ。
「くうっ・・・う・・・うああああ!」
煉獄の矢をかき消した瘴気に巻かれ、麻耶は激しく吹っ飛ばされた。
「麻耶!」
『呼んでも無駄だ。先程貴様に邪魔されたものとは違う・・・全力を注いだ死の旋風だ。生きては・・・。』
言い終わる前に、麻耶は立ち上がった。
「まだ・・・まだです・・・!」
痛々しい姿の麻耶。全身の擦り傷切り傷に加え、羽織っていた流駆の上着がずたずたになっている。
『何だと・・・!?』
「私は、諦めない・・・絶対に・・・!」
手には、弦が切れ、ボロボロになったブラック・ライトニング。2度と使えないだろう。
「まだ・・・諦めない・・・!」
そんな姿でも、アスタロトに向かって歩く麻耶。その後ろで、動きがあった。
「そうだ・・・お前を・・・ぶちのめす・・・!」
炎が、立ち上がってきたのだ。その傍で、樹も立ち上がる。
「流駆のためにも・・・・お前を倒す・・・!」
「そうよ・・・こんな所で、倒れてられない!」
楓もまた、黄金の槍を支えにしながら立ち上がる。そして、雫も立った。
「報いをまだ・・・与えてないわ・・・!」
4人の奮起に、グラッドたちも立った。
『・・・いいだろう。もう一度、死の旋風を与えてやる。』
アスタロトが、また瘴気を集める。
「やってみたら、いいです・・・何度でも、立ち上がって見せます・・・!」
真っ向からアスタロトを睨む麻耶。アスタロトは・・・微笑を浮かべた。
『・・・いい目だ。殺すのが惜しいぐらいだ。』
鎌の回転が止まり、アスタロトが構える。
『残念だが・・・これで終わりだ。死ぬがいい!』
アスタロトが、死の旋風を放つ刹那―――
風を切る音、そして、何かが何かを貫く音がした。
『・・・な、何だ・・・!?』
突如、己の肩を襲った激痛に、顔を歪めるアスタロト。
「あれは・・・退魔、剣・・・?」
それはアスタロトに刺さっている剣であり、聖魔に共鳴する魔剣。
「―――うおおおおおおおっっ!!」
叫び声。アスタロトが背後に風を感じた瞬間、その退魔剣で肩をざっくりと斬り裂かれた。
「あ・・・。」
麻耶の、声にならない声。炎たちは、声が出せない。
『お前・・・致命傷を負って、何故・・・!』
アスタロトの声の先には、ホルスに乗って2本の剣を携えている少年。
「まだ、死んでない・・・リジェネレーションが思ったより優秀で助かったよ。」
左手には退魔剣。そして右手には、戦争の女神が残した剣。
「でも体調は最悪だ・・・速攻で決めさせてもらうぞ!」
その少年とはもちろん、流駆であった。