第63話「変則スペル」


この日、外は雨だった。

六皇子3体との激闘から、4日が過ぎた。
流駆たちは、この4日間をひたすら体力の回復に当てた。幸いにして、流駆以外の重傷者はいなかった。

だが、その流駆は。

「流駆の様子は、どう?」
「・・・駄目ね。目を覚ます気配は無いわ。顔色は良くなってきたけど・・・。」

流駆は、アスタロトとの戦いの後に気を失ってから、それきり目覚めていないのだ。

「麻耶が付きっきりで介抱しているのは変わらないわ。本当は麻耶も休んだほうがいいんだけど・・・。」

流駆と麻耶の様子を見てきた楓が、訊いてきた樹に溜息交じりに応える。

「麻耶も、相変わらずってこと?」
「えぇ。私にやらせてください、の一点張りで。本人も顔色が悪いのに。」

楓と樹の、2人の溜息が同時に漏れた。

「・・・で、炎と雫は?それに、他の皆は?」
「あぁ、リュカとレーゼはお裁縫。皆の服を繕うって。で、炎と雫は今カード無しスペルの練習をやってる。グラッドたちも一緒。」
「そう。・・・私たちはどうする?」
「・・・どうしようか。」

再び、溜息が漏れる。しばらくして、樹が口を開いた。

「流駆に麻耶、2人はあんな力を持っていたんだ・・・。」
「・・・流駆の、ワルキュリアの女神の力・・・あえて呼ぶなら、戦女神の祝福。それに、麻耶の煉獄の矢と矢のスペル。」
「2人とも、それをすぐに理解して使いこなせたわけだよね・・・。」
「そう・・・ね。」
「凄いよね・・・。」
「・・・全くだわ。」

3度目の溜息。僅かに、炎の威勢のいい声が聞こえてくる。

「楓・・・僕らも行こう。」
「行くって?」
「スペルの練習だよ。流駆や麻耶に、負けていられないじゃん。」
「・・・その通りね。行きましょう。」

楓と樹の2人が、階段を登りスペル練習が行われているグラッドの部屋へと入る。

「入るよ・・・ってうわ!?」

樹がドアを開けた瞬間、目の前に炎の槍が迫る。樹は、何とかサンド・カーテンで凌いだ。

「・・・樹?ごめんなさい、突然だったから。」
「危ないなぁ・・・いきなり焼き殺される所だったよ!?」

スペルの主らしい雫が、悪びれた様子を見せずに謝罪する。

「お前たちも来たのか。丁度いい、ちょっと提案がある。」

ルインが、炎、楓、樹、雫を呼び寄せる。グラッドとデクスが、その傍に立っている。

「提案って?」
「・・・これまで、カードを使わずにスペルを使うということでこの本を使っていたな。」

と、ルインが「初心者のための戦闘スペル」を持ち上げる。

「練習をしたのはせいぜい数日だが・・・既にこの本では役不足となっている。」
「役不足?」
「流駆と麻耶を見ただろう。今のままでは、あの2人にとって足手まといになりかねん。」

沈黙し、俯く一同。流駆の戦女神の祝福、麻耶の煉獄の矢・・・否定できる材料はどこにも無い。

「そうしょげるな。そこで私の提案だが・・・今度から使うのはこの本だ。」

ルインが取り出した別の本。受け取った楓が、そのタイトルを見る。「COMBAT SPELL FOR EXPERT」。

「前の本の、発展版?」
「そう思ってくれていい。具体的には、スペルの変則的な使用法が書いてある。」

楓が、ページを開く。そこにあるのは、フレイム・ストライクについての記述だった。

「これは・・・炎の槍が、2本?」

挿絵には、1枚のカードで同時に2本のフレイム・ストライクを放っているイラストが載っていた。

「つまりはそういうことだ。これは別に詠唱をするなどという必要があるわけではない。大切なのはイメージだ。」

そのルインの声を受けて、楓は本を近場の炎に渡す。

「ということだけど・・・やってみる?」
「おう、もちろんだぜ!」

炎が目を瞑ってカードを取り出す。

「いくぜ・・・2つ出ろ!『フレイム・ストライク』!」

だが放たれた炎の槍は、1本だけ。あえなくデクスのサンド・カーテンに阻まれた。

「何でだ!?」
「カードを使うということはスペルを瞬間的に使えるということだ。だがそれは同時に、瞬時にイメージを練る必要があるとも言えるぞ。」
「なら・・・次は私がやるわ。イメージはもう考えてある。」

楓が1歩前に出る。手にはライトニング・ボルトのカード。

「・・・『ライトニング・ボルト』!」

楓が放ったライトニング・ボルトは、普通のものと同じく、真っ直ぐ飛ぶ。

「・・・威力も同じか。一体どんなイメージを・・・。」

と、ルインが考えた刹那。電撃は大きく弧を描き、グラッドへと狙いを定め・・・そこで消えた。

「あっ・・・。」
「初めてにしては上出来も上出来だ。ライトニング・ボルトの曲射とは・・・。」

舌を巻くルイン。

「じゃ次は僕ね。炎からスペルワークを借りて・・・『ペトリフィケーション』!」

樹がスペルを放つ・・・石化のスペルは、その効果をどこにも現さない。

「・・・樹?」
「これからが本番。上手くいくかな・・・?」

樹が、手近な椅子に手をつく。すると、そこからゆっくりと椅子が石化を始めた。

「やった、成功!」
「石化の手・・・か。見事だが、手を放したらどうだ?」
「え?・・・あっ!?」

樹が焦って手を放す。椅子はほぼ完全に石化し、床にまでそれが及ぼされそうだったからだ。

「・・・グラッド、ゴメン。」
「何、気にすんな!」
「最後は、私ね。『プロテクション』!」

雫が放ったプロテクションは、彼女のみならず炎、楓、樹を同時に包み込めるほど大きい水泡を作り出した。

「広範囲のプロテクションってこと?」
「そうよ。ただ・・・効果は薄いみたいだけど。」

確かに、通常のプロテクションと比較すると水の壁は薄い。

「だが、一度に多人数を守れるという点では優秀だ。・・・炎以外は、初めてとは思えんな。」
「くそ、俺だって!『ファイアボール』だ!」

炎が火の玉を放つ。だがこれも、見た目は変わらない。

「炎、もっと落ち着いてイメージを・・・」
「爆裂しろ!」

バン!!

派手な音を立てて、ファイアボールが爆発した。全員の視界が、一瞬火炎だけになる。

「・・・凄い音。耳に響いてるよ・・・。」
「これは・・・威力はほとんど無いが、陽動には最適かもしれんな。」

苦笑するルイン。実際、あれほどの爆発だったのに全員が少し熱い、程度で済んでいた。
と、入り口のドアが開く。

「なんだい、今の音は・・・。」
「レーゼか。・・・ちょっとな。」

しかめっ面のレーゼに対し、ルインが苦笑して応える。

「それより、どうした?」
「服が直ったよ。持ってきたから、自分のやつを取っていって。」

レーゼの声に、炎たちが寄ってくる。

「レーゼ、ありがとう!」
「感謝してよ?お陰であたしの指が傷だらけになったんだから。」
「・・・そういえばレーゼは、あんまり裁縫得意じゃなかったよね。」

などと言いつつも、服の破れ目やほつれなどは見事に繕われていた。

「ところで、リュカは?一緒じゃなかったの?」
「リュカは、麻耶の所さ。流駆と麻耶、2人の服を持っていったよ。」




















「すいません・・・わざわざありがとうございます。」
「気にしないで良いわよ。」

衣服をリュカから受け取る麻耶。その傍らのベッドでは、未だに流駆が横たわっている。

「・・・流駆の調子は、どう?」
「まだ・・・。」

心配そうに、流駆の横顔を見つめる2人。

「私は、他のみんなの様子を見てくるわ。麻耶・・・あなたも、少し休みなさい。」
「・・・はい・・・。」

力なく答える麻耶。リュカは、部屋のドアを閉めた。

「・・・流駆さん・・・。」

結局、この日も流駆が目覚めることは無かった。炎たちは、遅くまでスペルの練習を行っていた。




















翌朝早く・・・。

「・・・う・・・。」

ベッドに顔を臥せて寝てしまっていた麻耶。目をこすった後、異変に気付く。

―――流駆がいない。

「流駆さん!?」

慌てて辺りを見渡す麻耶。すると、昨日は閉まっていたはずのドアが開いている。

「・・・ど、どこに・・・。」

ドアから出て、1階へと降りる。今度は、玄関のドアが開いていた。

「外・・・?」

玄関から外に出てみる。昨日とはうって変わっていい天気。
麻耶は、ぬかるみに足跡を発見する。それを追っていくと・・・セネスの剣を構えた流駆を見つけた。

「あ・・・。」
「・・・殲滅の後光よ・・・。」

流駆の一言。それに応じ、剣から光があふれた。

「・・・よし、使えなくなってはいないな・・・。」
「流駆さん!」

麻耶の声。流駆はそれに振り返る。

「麻耶・・・お前が看病してくれてたみたいだな。ありがとう。迷惑掛けて悪かった。」

すっかり元気な流駆。それを見て、麻耶は安堵の表情となった。

「流駆さん・・・もう大丈夫なんですね?」
「ああ。」
「良かった・・・。でも、あまり無理はしないで下さい。またあんなことがあったら、私・・・。」
「・・・解ってるよ。心配かけたな。」

2人が家に戻る。すると、リュカが起きていた。

「流駆!もう大丈夫なの?」
「あぁ。・・・皆は、まだ寝てるのか?」

流駆が訊くと、リュカは首を傾げた。

「そうね、そろそろ・・・。」
「・・・もう少し、寝させといてやるんだ。」

と、今度はルインが起きてくる。

「流駆、もう動けるのか?」
「まぁな。それより、寝させといてやるってのは・・・?」
「お前たち以外の連中は、昨夜大分遅くまでスペルの練習をやっていたからな。」

流駆たちがグラッドの部屋を覗くと・・・炎や楓、樹に雫、そしてグラッド、デクス、レーゼが気持ち良さそうに熟睡していた。


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